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「俺の父さんのことって、どのくらいおぼえてる?」
何の前触れもなくそう聞けば、隣を歩くトラはなぜか肩を揺らし戸惑いを示した。
「え?」
判りやすい反応に少しおもしろくなって自転車のハンドルに体重をかけて前のめりになり相手の顔を覗き込むと、あからさまに視線を彷徨わせながら、あまりおぼえてないなと消えそうな返事が聞こえた。
「本当に?」
やはりトラは嘘を吐くのが下手だ。嘘とも言えぬごまかし程度のことでも、先に言えない何かがあるのだろうと簡単に見破らせる。
「――見かけたことは、ある。でも話したことは、一度もない」
律義な訂正に、なるほどそういう意味かと継実は笑った。それならそうと、最初に言えばいい。そうせず動揺を見せたのは、きっとツグミの意図せぬことを心配してのことだろう。
「そっか」
「なんで急にそんなことを聞くんだ? 学校でなにかあったのか?」
思ったとおり、ツグミの質問にトラは学校でのことを危惧したようだ。
立ち止まりトラは眉間に皺を寄せてじっとツグミを見下ろしている。
「さすがトラ」
突然何の前触れもなく父のことを尋ねただけなのに、一瞬でそこまで考え至るとは、さすが心配性の幼馴染だけはある。
「なんだ?」
ツグミの返事にますますの不信を抱いたのか、表情を険しくさせたトラは問う。
「帰りながら話そう。そんな深刻なことじゃない」
ハンドルに伸ばされた手を躱し、自転車を進めれば、トラは渋々の体で後をついて来る。
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