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 そのシロも、もう老犬の域に入っている。  最近ではいろんなことがゆっくりになって来た。ご飯を食べるのも、水を飲むのも……散歩だって、前のようには積極的ではなくなった。 「シロ、よく寝ていたからきょうは留守番だ」  ツグミの思考を読んだかのようなタイミングで、トラはそう付け加えて不安を拭う。 「そうかぁ、朝はちゃんと見送ってくれたんだけどな。あ、トラちょっと待って」  さっきトラが立っていた御神木の元まで辿り着いて、ツグミは自転車のスタンドを立てた。自転車のバランスを見て倒れぬことを確認し、ツグミは御神木に近づいて行く。 「相変わらず熱心だな」  そう言うトラの声に揶揄いの音はない。ツグミの唯一の信仰ともいえる行為を、トラも尊重してくれているのだ。  特に囲いなどがされていない木には触れられるほど近づくこともできる。しかしツグミはそうはしない。長い時間を生き抜いてきた御神木は、それだけで容易に触れられぬ威厳がある。 「でもツグミ? ツグミは高校生になったから、もうお使いが神さまに願いを届けてくれる歳ではないな」 「いいんだよ」  大体この辺りにはもうツグミより幼い子供はいない。そんなことはトラとて承知のこと。  かつてツグミの母がそうであったように、この地を離れ、家庭を持ち、そして帰らぬものは多い。そうやってこの地は、ますます寂れていくのだろう。それが悲しいとは思わないが、寂しいことだとは思う。  いつか御神木にまつわる言い伝えも忘れ去られるときが来るかもしれない。  ツグミは合わせた両手を鼻先に当てて目を閉じた。一歩後ろでトラも同じように手を合わせている。 「シロ、元気になるといいな」  ぽつりとつぶやかれた願いを言い当てる声に、ツグミは、そうだなと短く答えた。
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