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もうすぐと言っても、まだ二週間もあるけれど、ツグミはあえてそう言った。
「もうそんな時期かぁ」
空を行く雲のようなのんびりとした声でトラは答える。
「今年こそは一緒に行こうな!」
夏祭りと言えば花火大会だ。
夏の始まりを告げる花火大会は一大イベントだ。
残念ながら近所ではなく、ツグミの通う高校のある隣町での開催だが、屋台もたくさん出て賑やかなのだ。
「今年こそってツグミ、今年は高校の友達と行けばいいだろう?」
「なに言ってんだ? 俺はトラと行きたい!」
「なんで?」
なんでって! ツグミは反射的に出そうになった言葉をぐっと飲み込んだ。一緒に出かけたいと思っているに、相手はそうは思っていないことにいまさら気付いたからだ。
小さいころは父と母と祖父母、そしてツグミとトラ。六人で賑やかに出かけていた。そのときの記憶は、夏祭りと聞けば思い出すほど色濃く残っているというのに、ツグミが出戻って来てからは一度も行けていない。
最初の年はトラの都合で、次の年は雨で順延の果てに中止になって、去年はツグミ自身の体調不良で……だからこそ、今年は一緒にという思いが強かったのに……拘っているのは自分だけなのだろうかと思うと、寂しくなる。
「折角なんだから高校の友達と行くといい。新しい友達もできたんじゃないか? あ、でも彼女とっていうのもアリだな」
「いない。彼女なんていない」
「ホントに? ツグミもてそうなのに?」
ちょっと目を見開き、お道化た口調でそんなことを言うトラに一瞥を投げて、ツグミは残っていた麦茶を一気に煽った。
「俺は、トラと行きたいって言ってんの」
挫けずもう一度告げた本心は、空に浮かんだ綿雲のようなトラのやわらかな微笑みの中に消えていった――。
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