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『君の幸せを願う』  世界の輪郭はいつもはっきりとしない。  ぼんやりとした薄い膜に触れながら、知った気になって時間だけが過ぎていく。  生まれたときに握りしめていた幸せは、一体どこまで転がっていっただろうか。  たしかに手のひらに幸せを握っていたのだ。  この世に生まれ、肺いっぱいに空気を取り込み力の限りに泣いた日には。  いつかその幸せに再び巡り会う日は来るだろうか。           1  この春、無事に希望の高校への進学を果たした立花継実(つぐみ)は、隣の町の高校まで自転車通学をしている。  他に方法がないというわけではないが、たとえばバスを使うならば継実の住む場所からだと一時間に朝夕なら二本、それ以外だと二時間に一本と便が非常に少なく、なにかと都合が悪いのだ。  いちばん近い高校が隣町なのも、バスの便が少ないのもひとえに、継実の住む場所が辺鄙な山間の過疎地なのが原因だ。  今でこそ周りの地域と合併して「村」ではなくなったが、結果でき上がったのは範囲だけが広い「町」に過ぎない。  高校がある町は地元にはないコンビニやスーパーマーケットがあり、ファミレスやファストフード店もある。あまり縁はないけれどゲームセンターやカラオケだってある。  家の買い出しに付き合って何度か車で走った道は、舗装されていてガタガタしないし、信号機もある。ガソリンも町で入れておかないと大変なことになると聞いた。  そんな具合に隣り合っているはずなのに、文明の波は継実の住む場所までは辿り着かなかった。  もっとも継実自身は、夜になれば街路灯以外なく個人商店が唯一の店である生活が気に入っているのだから、何の問題も感じていない。
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