唯一の

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少年は恋をしていました 笑顔が可愛らしい少女に 自分の隣で花のように笑う少女 それがこの世界で何よりも好きでした 少女は長くて美しい髪を持っていました 少年は綺麗だねと褒めました 少女ははにかみながら言いました お母さんとそっくりな長い髪 それが自分の誇りだと それはそれは嬉しそうに 素敵な笑顔で言うものですから 少年はとても幸せな気持ちになりました ある日少年が蔵を開けると 女が首を吊っていました だらんと流れた長い髪から覗く 正気のない灰色のそれと目が合いました その女は少年の隣人でした なぜ自殺したのか 大人は誰も教えてはくれませんでした それから少年は 女性が怖くなりました 特にあの女のような 長い髪の女性が目に入ると 体が強ばり声が出なくなりました それは少女でも同じでした 少年は少女と目を合わすことすら 出来なくなってしまいました 毎日のように遊んでいたのに しばらくして 少女は再び少年の家の戸を叩きました 少年は少女の姿を見て目を見開きました 少女の美しい長い髪は 少年のそれと同じくらい 短くなっていたのですから   似合う?と 少女は少年に聞きました あのよく知る笑顔ではない 少し曇った笑顔を浮かべて その瞬間 少年の体はカッと熱くなりました 少女の肩を強く掴んで 張り裂けるような声で叫びました どうして?どうして?どうして!!どうしてそんなことをしたんだ!!お母さんからもらったブラシで毎日毎日丁寧にブラッシングしていたのに!!たくさんのヘアクリームをポーチに入れて、愛おしそうにその素敵な髪に塗っていたのに!!雑誌に載った可愛い髪型を毎日毎日不器用ながらも練習していたのに!!なのにもう君はできない!僕のせいか?僕のせいだろ?ああなんて愚かなことをしたんだ!どうして僕のために大事なものを捨ててしまうんだ?僕はただ君の笑顔を守りたかっただけなのに! ぼろぼろと 少年の目から涙が溢れていました なぁ、頼むよ、僕のために君の大事なものを捨ててしまうと言うなら、もう、もうここには来ないでくれ。一緒にいたって、不幸になる……ばっかりじゃないか…… 少女はもう二度と少年の家には来ませんでした そして1年後 少年は遠い北の地へ越してしまいました 10年後 少年は長く美しい自分の髪を 愛おしそうに抱きしめていました 僕の宝物 どうか美しいその姿のまま そこで花のように笑っていてくれ
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