00.レベルゼロ

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00.レベルゼロ

「おかしいな……」  一人しかいなくても、不安な時や迷った時は思わず声が出てしまう。立て看板の位置を間違えたということはない。どの方向にも看板がないのだ。昨夜三人で見つけたあの看板が。旅館の人が外したのかも知れない。たとえば老朽化していた、とか。もっともらしい答えを導き出すが、看板を引き抜いた跡もない。もっといえば、この先に道なんて見当たらない。  【コノ先、野天アリ。入浴時間朝七時ヨリ午後三時マデ。時間厳守。】  本当にそう書いてあったのだろうか? やはり、コノ先、日本ニ非ズ、立チ入ル者ニ命ノ保証ナシ。とか書かれていたのではなかったか? 疑問を解決しようにも、看板はないし、画像を収めたはずの部長のスマホは水没して確かめようがない。  僕は……マヨヒガに迷いこんだのか。背骨に沿って冷たいものが駆け降りていく。すぐにこの場を離れた方が賢明だが、僕は情けないことに露天風呂の中で右足だけを震わせて、動けずにいた。下着や浴衣はレベルワンの防具だ。未知の脅威や恐怖に対してレベルゼロ――素っ裸――でいることほど、心細いものはない。暫く硫黄泉に浸かりながら、あまりの静けさに東日流(つがる)温泉には僕以外存在していない気分になる。温泉でヒットポイントを回復し、僕は脱衣所に駆けこんだ。速攻で着替え、スリッパを履き、部屋へ戻ると事態はより深刻になっていた。  どうして僕がのか記憶を遡ろう――。
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