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笑顔になって、ほしいから
そこは暗い、空間だった。
何日も、何年も、この場所でずっと座っている。
鉄格子で区切られた四角い部屋。
魔素を弾く素材で作られた空間に、一人ぼっちで。
壁から伸びる鎖の先が繋がるのは己の手足。
体内の魔素を封じ込めるのと同時に死なない程度に栄養補給を担うこれが命綱だとしても、この身に自由はない。
床に深く打ち付けられた杭が穿つのは己の右足の甲。
視界に入るたびに逃げられないことを理解させてくる。
もっとも、逃げたところで、行く宛などなかったのだけれど。
「兄さん」
幼い声で話しかけられ、檻の外へ視線を巡らす。
初めてこの場へ訪れた時は怯えを見せていた子どもも、数年通えば慣れたものだ。
彼の言葉はほとんどわからなかったけれど、彼は懸命に自分へ歩み寄ろうとする。
『またここへ来やるか、人の子』
「僕はムザルだよ、教えたでしょ」
自らが口にする言語が、人族の間では遙か太古に廃れたものであると後に理解するまで、二人は片言の会話を共有していた。
「ムザル……」
「僕ね、もうすぐ元服するんだ、正式に王子になるの」
ふとミナリアは、ここが過去の回顧であると理解した。
ムザルが立太子する、ということは、ここでの生活の終焉が迫る時期を意味する。
「そしたらきっと、兄さんをここから出してあげる!」
『……希望を吾(わぁ)に与えるか、さすれば吾も……生きねばなるまいな』
そして場面は切り替わり、牢の中でミナリアの足に縋って泣き喚くムザルを写した。
「何で……っ鎖は外せたのに……っ」
『もう良いのだ、ムザル』
「でも、……っ」
『切れ』
自分の声が空間を切り裂き、ムザルの涙を止める。
檻が壊れても、鎖が千切れても、この杭は魔素を食う。
人国の兵士が自分を殺しに来るのと、ムザルの願い通り自分がここから逃げるのと、どちらが早いか。
故の決断。
『外れたとて、この足はもう使い物にはならぬよ』
「ぅ、わあああ……っ」
泣きながら、ムザルはミナリアの足を太腿から切り落とした。
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