笑顔になって、ほしいから

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「……ありが、とう」 「どういたしまして」  耳に飛び込んだテノールに、ミナリアは薄らと目を開けて覚醒した。  記憶の中のムザルの声ではない。  顔の向きをずらすと、ユイセルがベッドサイドからミナリアを見つめていた。  お前に言った礼ではない、と口に出しかけて気付く。  何故、ユイセルがいる? 「な、んで……」 「国から通信が入った。リアの元へ行くように」  ミナリアの状態が錠を通じてムザルへと伝わったのだろう。 「そうか……」 「熱を出すイメージがないから驚いた」  そこでミナリアは誰が原因で熱を出したのかを思い出した。  しかし、それを誹る元気はない。  ユイセルの言う通り、ミナリアは体内魔素の影響で滅多に体に不調がでることはなかった。  病気もしかり、怪我もしかり。  真族は総じて身体を最適なコンディションに保つために自浄作用が備わっている。  しかし、鎖によって体内の魔素を封じているミナリアは、回復力が低下し熱も出る身体に変容していた。  そしてその落差の分、具合は思わしくない。 「辛くない?」 「問題、ない……」  心配そうに顔を覗き込むユイセルから目を逸らす。  実際は熱のせいで足と義足の継ぎ目が酷く痛んだが、事実を言うのは躊躇われた。  朝のこともあって意地になっているのはぼんやりした思考でも理解している。  ミナリアは強引に話を逸らした。 「夢を、見た……昔の、夢だ」  ユイセルはミナリアの横たわるベッドの端に腰掛けて、額にかかる銀髪を横に流した。  あまりにクリアな視界に、ミナリアはそこで眼鏡がないことに初めて気が付いた。  見られた!  今ユイセルの目に映る自分の瞳は、きっと血のように赤い。  隠していた目を見られて内心狼狽えるミナリアだが、ユイセルの視線は温かいままだった。  どうして?  気付いていないわけがない。  態度の変わらないユイセルに戸惑う。  なぜいつもこの男の前ではこんなにもガードが緩くなってしまうのか。  落ち着かない気持ちを持て余して、ミナリアは考えることをやめた。  何故かはわからない。  でも、何故か気を許している。  同じ立場だからか、それとも何か。  ミナリアは無理に自分を納得させて、そのまま続きを紡いだ。
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