笑顔になって、ほしいから

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「人族の外れの村で、父さんと母さんと、弟と妹の五人で暮らしてた」  家族を語るユイセルの目は慈愛に満ちている。  日常を思い出しているのか、ユイセルは遠くを見つめて微かに表情を緩めた。  昔語りのせいか、ユイセルはいつもに増して饒舌だ。  聴き心地の良い低音が、鼓膜にゆっくりと浸透する。 「どこにでもいる普通の家族で、村のみんなとも仲が良かった。……人族と真族の対立もなくて、平和で……十五になるまで、俺は人間に種族があるなんて知らなかったんだ」  ユイセルの手が震えていた。  真剣味を帯びた声に、ミナリアにも緊張が走る。 「俺の村は、混血の集まりで出来た村だった」  はっと息を呑んだミナリアの呼吸が空間に響く。  どくりと心臓が波打ったのが、ユイセルにも伝わっただろうか。  ユイセルは自らの袖を捲り上げた。  黒緑に艶めく鱗が前腕の一部を覆っている。  人族も真族も、元は獣の血を半分引いた種族だ。体内の魔素を利用する真族には、殊更獣の特徴が表面に出やすい特徴があった。  ガタムは尻尾。イツァージュは鰓。カラザールは角。そして、ユイセルのそれは鱗だった。 「親世代で混血もいれば、純血もいた。俺の父さんは真族で、母さんは人族だった」  カラザールがユイセルをミナリアの同類だと言った真の意味を、ミナリアはここにきて理解した。  境遇は違えど、二人は、この学園で二人きりの混血だったのだ。 「村の外に出れるのは、純血だけの決まりだった。……俺は、自分を人族だと思って生きてきたけど、実際は混血で……魔素も外からしか取り込めない。だから……村の外に出ることを許された」  友好協定が締結された後でも続く遺恨。  幼い頃から埋め込まれた概念ではなく、途中から理解させられたそれ。  十五歳のユイセルの心情を思うと、ミナリアは居た堪れない気持ちになった。 「一週間、母親と二人で村の外に出た。村の外で初めて差別を目の当たりにした。ショックだった。そして……」  ユイセルは一度大きく息を吸った。  感情を押し込めるようなそれに、胸が騒めく。  ミナリアはユイセルの頬に手を伸ばした。  そこに涙はない。しかし、ユイセルの心が泣いているような気がするのは、ただの気のせいなのか。  ユイセルはミナリアの細い指を取って、頬を擦り寄せた。  まるで縋っているような仕草に、ミナリアの心は揺らいだ。 「……戻ったら村はなくなってた。魔物の群れに襲われて、人族に焼かれたんだって」 「……その、父親や、兄弟は……」  ミナリアはなるべく衝撃を顔に出さぬように、落ち着いて言葉を発した。  だが、その目は動揺で揺らいでいたのだろう。  気を遣ったユイセルによって、ミナリアの目は手のひらで塞がれた。  頬に添えた手から、ユイセルが首を左右に振ったことだけが伝わる。  ミナリアは唇を噛んだ。 「村が襲われたとき、人国の軍が駆けつけたけど、劣勢で……村ごと焼くことにしたんだって。どうせ混血の村だからって理由で」  酷いよね、とユイセルは短く感情を吐露した。  その声は怒りなのか悲しみなのか、堪えるように震えている。 「……人国軍がいなくなった焼け野原で、俺は呆然と立ち尽くしていた。隣で泣いてる母さんに、オレは……声もかけられなくて」  ミナリアの視界が開けた。  ユイセルが手のひらを外したのだ。  伺い見たユイセルの目は、優しく細められてミナリアを見ていた。 「そんなとき、真国軍が村に到着した」
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