笑顔になって、ほしいから

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 どくり、と身体の中の魔素が反応する。  真国軍。それが意味するのは。 「真国騎士団って言ってた。そして、……中から一人の騎士がやってきて、俺の前に跪いた」  ユイセルは懐かしそうな顔をして、ミナリアを見つめていた。  ミナリアは思わずユイセルの頬から手を引いた……引こうとした。  しかし、ユイセルの強い腕が、それをさせない。  ミナリアはただなす術もなくユイセルの緑の目を見つめた。 「綺麗な銀髪に、赤い目をした騎士だった。……その目が……魔物の目に似てると思って、当時の俺はすごく怖かった。……俺は混乱して酷い暴言を吐いた」 《来るな!》 《魔物の手先か?!》 《なんでもっと早く来てくれなかったんだ!》 《俺たちは殺されて当然だって言うのか!》 「でもその人は、間に合わなくてすまない、守れなくてすまないって……俺の頭を撫でてくれた。殺されて当然の命なんてない、って……俺に、生きろって言ってくれた」  ミナリアはぐっと唇を噛み締めた。  覚えている。  秋から冬に変わる季節。  真国と人国の境界の村。  魔物の侵攻の知らせを受けて、駆けつけた騎士団。  乾燥した家屋は跡形もなく焼け崩れて。  すすり泣くぼろぼろの人々。  その中に、立ち尽くす少年と、泣き崩れる女性。  やり場のない慟哭を向ける少年の言葉に勝手に傷付き、自己満足の謝罪をして立ち去った男。  言葉も紡げずに、ミナリアは小刻みに息を吐いた。 「俺……謝りたかった。よく見れば、魔物の目になんか少しも似てなかった。純粋で、誠実で、強くてきらきらした、宝石みたいな目だったのに」  ユイセルの指が、ミナリアの目尻をそっと撫でる。  ユイセルの瞳に、涙を零した赤い目が映り込んでいた。 「頭を撫でてくれた手のこと、今でもずっと覚えてる。俺、その時誓ったんだ。次に会ったら、俺の育てた花をプレゼントしようって。そして」  ユイセルは手の中に赤い花を咲かせた。 「あなたは綺麗だよって言おうって」  ミナリアは堪えきれずに嗚咽を漏らした。  あの日笑顔に出来なかった少年が、笑顔で自分の目の前にいる。  泣き顔を見られたくなくて顔を背けると、ミナリアの両耳の横に、ユイセルが手をついて覆い被さってきた。  逃げ場を失って、息が止まる。 「目、もっと見せて」 「でも……っ」  ミナリアはユイセルの言葉にぎゅっと目を瞑った。  あの日まで何とも思っていなかった自分の目。  村も助けられず、子ども一人ですら笑顔に出来ないならと、魔物のような赤い目を眼鏡で隠した。  その目を、怖いと言ったユイセルが、見たいと言う。  大丈夫、と言うようにユイセルが目尻を指先で撫でた。  ゆっくりと目を開く。  眼前に、ユイセルの穏やかな笑顔。  ミナリアはぽろりと目尻から涙の粒を零した。 「リア。あの日、助けに来てくれてありがとう。俺に生きろって言ってくれてありがとう。そのおかげで俺は、ここにいるよ」 「ユイ、セル……っ」  ユイセルの手を避けられなかったのは。  心のどこかで、あの日の少年だと気付いていたからなのだろう。  でも。  こんなにも簡単に、心の中に入り込んでくるなんて知らない。  こんなに暖かくて、苦しくて、切ないような気持ちなんて知らない。  縋りつきたくなるような、全てを託したいような気持ちにさせる存在なんて、知らなかった。 「笑って、リア」  ユイセルが慈しむように頭を撫でる、その意味なんて。 「……何故、頭を撫でる」 「……笑顔になって欲しいから」  それはあの日、ミナリアが心から願ったことで。 「……なまいき」  ミナリアは、花が綻ぶように微笑んだ。
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