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「そのムザルが真国との友好を説いて表面上仲良くしたところで、民の中の多種族への排他思想はなくなっていない」
「それは……」
人族と真族の対立の歴史は長い。
高々数十年で綺麗さっぱり心を入れ替えられるほど、人間は単純な生き物ではなかった。
「先日、ムザルからの申し出で会談した」
「……いつですか? 一言声をかけてくれても良いものを」
「半年ほど前か? お前に内緒にした方が面白いだろうと思って黙っていた」
にやりと笑った顔に、呆れを覚える。
大方、カラザールが言葉巧みにムザルを丸め込んだのだろう。
ムザルは純粋であるが故に、カラザールの提案を無碍にはしなかったと容易に想像がつく。
半年も前となると宰相のシャトマーニもグルか。
ため息を吐きたくなるのを我慢して、ミナリアはカラザールに続きを促した。
「それで、何を約束したのですか」
「共立人真塔学院にお前を入学させ、内部から意識改革する。要するにお前は両国から公式に送られたスパイだ」
「何を考えてんだあんたたちは!」
ミナリアは思わず執務を忘れて叫んだ。
上手くいくイメージがまるでない。
そんな大事を今日まで黙っていた気もしれなかった。
「ミナリア兄さんに、友達を作ってあげたいんだと」
「と、友達……?」
「人族も真族も関係なくミナリアを見てくれる、そんな存在を作りたいと、ムザルは言っていた。人族の生は短いからな」
ムザルが亡き後も、ミナリアが人族に絶望しないように、との配慮を言葉の裏に読み取り、ミナリアはぐっと押し黙った。
幼かったムザルも人族で言えばもう老齢だ。老い先を考えても不思議ではない。
ムザルに心配をかけてしまったことに、ミナリアは胸を痛めた。
ムザルが心置きなく逝けるよう、もっと人間関係に気を遣っておけば良かった、などともう後の祭りだ。
「断らねえよな?」
「……勅命、拝命いたします」
「ほんっとに素直じゃねーな」
「義父に似たんでしょうかね?」
ムザルの言葉を借りていても、カラザールがミナリアのためにならぬことを飲むわけがなかった。カラザールもミナリアに友人を作りたいのだ。素直でないのはお互い様だった。
「鍵だ。持っていけ」
カラザールが懐から銀色の鍵を取り出してミナリアへ投げた。
ミナリアは危なげなく受けとり、その手のひらを握る。
「ですがこれは……」
何の鍵であるかは理解していた。
その世でムザルとカラザールしか持たないはずの鍵だ。
ミナリアはその鍵を見つめた。
「俺の鍵じゃない。ムザルのでもな。お前が心からこれを預けたいと願うやつが現れたら渡せばいい」
「……できるのでしょうか」
「さあな」
そりゃあお前次第だ。
慈しむように笑う義父の顔を見て、ミナリアは手の内の鍵を握りしめた。
「学院に着いたら、まずこいつに会いに行け」
カラザールに続けて一枚の写真を渡されて、ミナリアは怪訝そうに眉を顰めた。
眼鏡のブリッジを上げる。
胸から上の証明写真だ。濃い緑色の短髪。感情の読み取れない無表情。太めの骨格が、学院のフォーマルの下に隠されている。
「お前の同類だ。……いろんな意味でな」
そしてミナリアは、共立人真塔学院に通うこととなった。
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