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ミナリアは、ここ最近の日課となった早朝の散歩に勤しんでいた。
学院の寮を出て、学院とは反対側の敷地を散策する。
ここへきて二週間。
チームのメンバーとは上手くやっていると思う。
ガタムが敵愾心を向けて来たのも最初だけで、今ではミナリアの実力を認めていた。
実力……と言っても、本来の戦い方ではないそれは、実力にはほど遠かったが。
校内の訓練では特に目立った問題は起きていない。
実戦訓練となればまだわからないが、騎士団での魔物殲滅を考えればそれほど苦労することはないだろう。
この日、ミナリアが林の中にひっそりと隠れるように佇む噴水を見つけたのは、散策から小一時間が経とうとする時間だった。
王城の設備には劣るが、これはこれで趣がある。
ミナリアは休憩がてらその端にそっと腰掛けた。
任務であるというのに、こんなに穏やかな時を過ごして良いのだろうか。
人生の半分以上を真国で過ごしているが、その大半は魔物との戦いだった。
死にかけのところを救ってもらい、知識を与えられ、体が自由になる頃には戦う術を覚えた。
費やした時間は全てカラザールや真国のためのものだ。
真国を守るために魔物を殺す。それがミナリアの普通で、日常。
命令されるでもなく自らが望んだ道。
恩義に報いるために導き出した答えだった。
首から伸びる鎖にそっと手を伸ばす。正しくは胸元にある錠に。
真国にいる間は、鎧によって為されていた枷。
枷を外す鍵は、三本。
カラザールと、ムザル、そして最後に作られた一本は今己の手の中にある。
鎖の役目自体はミナリアの体内魔素を抑えるためのものだ。
しかし、この錠は……。
「リア?」
ミナリアの思考は掛けられた声によって遮られた。
顔を上げると、二度目の邂逅となるユイセルがこちらを伺うように覗き込んでいた。
「ユイセル」
「ん……リア、おはよう」
「おはよう」
挨拶を交わし、ユイセルを手招く。
相変わらず朝から無表情だ。無表情というか、感情の機微が顔に乗らないというか。
ユイセルはミナリアの隣に腰を下ろした。
「リア、早いな」
「癖みたいなものだ」
真国のある大陸は、太陽の昇る時間が極めて早い。その分、夜の訪れる時間が早いのだが、夜目の効く真族には関係のないことだった。
騎士団は朝日と同時に執務に入る。昼夜で交代はあるが、ミナリアの持ち回りは大抵が朝であった。
人国はそれに比べると朝が遅い。
「ユイセルも朝早くから散歩か?」
ミナリアの行動が早いとはいえ、ユイセルも大概にして早い。
ユイセルは首を横に振って、噴水の向こうを指さした。
「花壇がある」
「そうか……ユイセルが世話しているのか?」
ミナリアの問いに、こくりとユイセルは頷いた。
二週間ぶり二度目の会話だというのに、思う以上にすらすらと言葉が出る。
ユイセルの雰囲気がそうさせるのか、ミナリアは不思議な気持ちでユイセルとの会話を楽しんだ。
「あ」
「あ? ……っ」
不意にユイセルに手を握られて、会話が中断する。
ミナリアはそれこそ不意打ちを食らって、体を硬直させた。
無意識でもガラムの敵意には反応出来たのに、ユイセルにはそれが出来ない。
戸惑うミナリアを他所にユイセルはその手を引いて立ち上がった。
「花壇、リアに見せる」
「あ、ああ……」
動揺しながらも肯定を返したミナリアを、ユイセルは花壇へと導いた。
手の中の熱に落ち着かない。
何故か動悸が早まって、ミナリアは耐えるように唇を噛んだ。
この不可思議な感情のやり場を見失って繋がれた手を握る。
ミナリアの焦燥などつゆ知らず、ユイセルは目的地へと足を進めた。
その耳が若干の赤みを帯びているのは気のせいか。
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