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出立は夜明けと共だった。
エレオネラの背に乗ったナズナは、緊張した面持ちで朝日を浴びた。
空は雲ひとつない快晴だった。自分の心象と不釣り合いなことに顔を顰めたが、そんなことを考えている間に、彼女の体は地面から離れた。
「あの、私達だけなんですか? 」
朝焼けの空に飛んでいるのは、エレオネラ一匹だった。
「私が言うのもなんですけど、いくらなんでも……」
ーー否。我ガ任、観測ーー
エレオネラの声は、いつもに増して機械的だった。
ーー確認。規模、兵ノ数。そノ後、姉妹呼びシ故ーー
「お姉様方が来る前にやられそうです」
ーーそノ場合、犠牲。最少ト判ずーー
遠方にあった巨木は、いつしか彼女らの目の前に迫っていた。
木の中心部には空があり、周囲の樹皮に数匹の黄色雀蜂が張り付いていた。夜明け間近だからだろうか。見張りの数は、些か少ないように思えた。
ーー少数。単独デの対処、可ーー
巣から少し離れた木の上で、エレオネラはナズナを下ろした。
「えっと、私はどうすれば」
ーー殲滅。一択ーー
「無茶なことを仰りますね……」
黄色雀蜂は大雀蜂より小型とはいえ、頭部だけでナズナの身長を越す巨体だ。屈強な外骨格に身を包み、大顎と針を武器に襲いかかる。凶暴性だけで言えば、雀蜂の種類の中で最も恐ろしいとも言われている。
「ひとつ聴いておきたいんですが」
ーー急シーー
「巣を襲撃して、それからどうするんですか? 」
ーー巣の内部、幼虫多数。故ニ栄養、塊ーー
「えぇ」
ーー我が王国、新たナる時代迎えシ。新女王、新王。育チに豊富な肉、必要ーー
「その為に、巣を根こそぎ頂くと」
ーー是ーー
ナズナはそれを聞くと「どうしようかな」と考え始めた。
黄色雀蜂と正面から戦って、勝てる筈がない。一匹だけでも困難なのだから、群れを相手にして生き残れる可能性は万に一つもない。自分が偵察役にされたのも、戦力としては期待されていないからだろう。
「期待されるのも困りますが、捨て駒も嫌ですね」
ーー貴殿。為セ、るこト、為シーー
「そうですね。私に出来る形で」
ナズナの言葉はそこで遮られた。
背後から騒めきが聞こえた次の瞬間、大顎がガチッと閉じる音が響いた。
「っ……」
ーー交戦開始ーー
ナズナの目の前に、黄色雀蜂の顔があった。
その背後には、襲撃者をひと噛みで切断したエレオネラがいた。
ーー健闘、祈リーー
巣の周囲の空気が、一気に警戒の色に染まった。
エレオネラは飛び立つと、黄色雀蜂の巣に突撃した。
「あ、待って……くれる筈ないですよね」
ナズナの頭上から、黄色雀蜂の針が降ってきた。
咄嗟に飛びのいて避けると、先程まで自分がいた場所に深々と針が刺さっていた。短い体毛に覆われた、黒と黄色の縞模様。黄色雀蜂の働き蜂は針を引き抜くと、大顎を開いて耳障りな羽音を立てた。
「私の相手は、この方ですか」
針を握った手に汗が滲む。
黄色雀蜂は万力のような大顎を開いたままゆっくりとナズナに近付いてきた。この蟲に弱点という弱点は無い。今のナズナに出来るのは、羽を引き裂いて飛べなくするか、足を千切って動きを鈍らせるか。或いは腹部の外骨格にある隙間を貫いて、完全に絶命させるかだろう。
「取り敢えず、攻撃の隙を……お? 」
ナズナの体がぐらりと揺れて、立っていた木の上に倒れた。
唐突に体のバランスが崩れた感覚だった。違和感を感じた方向に首を回すと、針を持っていた右腕が自分の体から無くなっているのが見えた。
ーーvvvvvーー
先程とは別の働き蜂が、ナズナの腕を咥えていた。
そして自分の目の前で、針を持った右腕は木の下に落とされた。
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