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腕は木の真下に落ちていた。
黄色雀蜂の体を乗り捨てると、ナズナは針を掴んだままの腕を拾い上げた。支配したばかりの蟲を放棄するのは少々口惜しかったが、根を抜くと黄色雀蜂は風化したように砕け散った。
「長持ちはしないみたいですね……」
いつもなら腕の再生を待つ所だが、戦場ではその猶予もない。
ナズナは千切れた腕を、体に残っていた断面に押し当てた。双方からするすると繊維が伸び、絡み合って結ばれる。数秒の後に、ふたつに分かれていたナズナの腕は、元の一本に戻っていた。
「やっぱり元通りにはいきませんか。でもまだ動く……っ‼︎ 」
強引に接着した腕は、辛うじて指の先端が動く程度だった。
しかし確認の合間にも、黄色雀蜂の攻撃は止まらない。仲間が彼女に倒されたことを認識したのだろうか。群れは先程よりも明確に、ナズナに攻撃し始めた。
「一匹ずつ相手にしていたら間に合わない‼︎ なるべく一度に、大勢を倒せるような……おっと」
聞き馴染みのある羽の音が聞こえた。
見上げると、空には大雀蜂の軍勢が集まっていた。
彼女らは迎え撃つ働き蜂を顎の一撃で切断し、針の一発で絶命させていた。もちろん反撃を受けて墜落する個体も少なくないが、それでも死者数は圧倒的に黄色雀蜂の方が多かった。
ーー草ノ、子。補給ーー
ナズナの前に、一匹の大雀蜂が降りてきた。
「補給? 」
ーー是。飲シーー
同意も得ず、ナズナの口内にどろりとした液体が流し込まれた。
それを飲んだ瞬間、ナズナの体に再び活力が漲った。無理矢理接着した腕の痛みも消え、根を大量に展開したことによる疲労も、綺麗さっぱり消えた。
「ちょっと‼︎ 口渡しなんて聞いてませんよっ⁉︎ 」
ナズナは咄嗟に口を拭うと、唇を奪った蜂を睨みつけた。
ーー気ニ、し故。検討、不ーー
「……妹さんの『雫』ですね。ありがとうございます」
名前も知らぬ蜂は、それだけ聞くとすぐに飛び立った。
辺りを見渡すと、地面の上には無数の蜂の死体が転がっていた。その向こうには黄色雀蜂の巣がある木。大雀蜂は懸命に近寄ろうとしていたが、敵の強烈な反撃に押され、中々できていなかった。
「目標は巣。でも働き蜂を全滅させるなんて、時間が掛かりすぎる……」
ナズナはふと、近くに転がっていた黄色雀蜂の死体を見つけた。
頭と胸の間に、針で刺された跡がある。しかしそれ以外は脚の欠損もなく、翅も破れていない。頭と胸の結合の緩さを除けば、十分使えそうな体だ。
「綺麗な身体……」
ナズナは死体の上に乗ると、再び根を展開した。
今度は腹部装甲の隙間だけでなく、全身の傷痕から根を侵入させた。一度目の経験があったからか、今度は素早く全身に根を張ることが出来た。
「よっと……うん。大丈夫そう」
既に息絶えた者の翅を動かしながら、ナズナは再び飛び立った。
今度の目標も明確だった。彼女は黄色雀蜂の巣を目指し、一直線で進んだ。
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