第10花「ルナリア」

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 腕は木の真下に落ちていた。  黄色雀蜂(きいろすずめばち)の体を乗り捨てると、ナズナは針を掴んだままの腕を拾い上げた。支配したばかりの蟲を放棄するのは少々口惜しかったが、根を抜くと黄色雀蜂(きいろすずめばち)は風化したように砕け散った。 「長持ちはしないみたいですね……」  いつもなら腕の再生を待つ所だが、戦場ではその猶予もない。  ナズナは千切れた腕を、体に残っていた断面に押し当てた。双方からするすると繊維が伸び、絡み合って結ばれる。数秒の後に、ふたつに分かれていたナズナの腕は、元の一本に戻っていた。 「やっぱり元通りにはいきませんか。でもまだ動く……っ‼︎ 」  強引に接着した腕は、辛うじて指の先端が動く程度だった。  しかし確認の合間にも、黄色雀蜂(きいろすずめばち)の攻撃は止まらない。仲間が彼女に倒されたことを認識したのだろうか。群れは先程よりも明確に、ナズナに攻撃し始めた。 「一匹ずつ相手にしていたら間に合わない‼︎ なるべく一度に、大勢を倒せるような……おっと」  聞き馴染みのある羽の音が聞こえた。  見上げると、空には大雀蜂(おおすずめばち)の軍勢が集まっていた。  彼女らは迎え撃つ働き蜂(ワーカー)を顎の一撃で切断し、針の一発で絶命させていた。もちろん反撃を受けて墜落する個体も少なくないが、それでも死者数は圧倒的に黄色雀蜂(すずめばち)の方が多かった。 ーー草ノ、子。補給ーー  ナズナの前に、一匹の大雀蜂(おおすずめばち)が降りてきた。 「補給? 」 ーー是。飲シーー  同意も得ず、ナズナの口内にどろりとした液体が流し込まれた。  それを飲んだ瞬間、ナズナの体に再び活力が漲った。無理矢理接着した腕の痛みも消え、根を大量に展開したことによる疲労も、綺麗さっぱり消えた。 「ちょっと‼︎ 口渡しなんて聞いてませんよっ⁉︎ 」  ナズナは咄嗟に口を拭うと、唇を奪った蜂を睨みつけた。 ーー気ニ、し故。検討、不ーー 「……妹さんの『雫』ですね。ありがとうございます」  名前も知らぬ蜂は、それだけ聞くとすぐに飛び立った。  辺りを見渡すと、地面の上には無数の蜂の死体が転がっていた。その向こうには黄色雀蜂(きいろすずめばち)の巣がある木。大雀蜂(おおすずめばち)は懸命に近寄ろうとしていたが、敵の強烈な反撃に押され、中々できていなかった。 「目標は巣。でも働き蜂(ワーカー)を全滅させるなんて、時間が掛かりすぎる……」  ナズナはふと、近くに転がっていた黄色雀蜂(きいろすずめばち)の死体を見つけた。  頭と胸の間に、針で刺された跡がある。しかしそれ以外は脚の欠損もなく、翅も破れていない。頭と胸の結合の緩さを除けば、十分使えそうな体だ。 「綺麗な身体……」  ナズナは死体の上に乗ると、再び根を展開した。  今度は腹部装甲の隙間だけでなく、全身の傷痕から根を侵入させた。一度目の経験があったからか、今度は素早く全身に根を張ることが出来た。 「よっと……うん。大丈夫そう」  既に息絶えた者の翅を動かしながら、ナズナは再び飛び立った。  今度の目標も明確だった。彼女は黄色雀蜂(きいろすずめばち)の巣を目指し、一直線で進んだ。
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