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腕を噛み切られたナズナだったが、彼女は落ち着いていた。
昨日の金蚉狩りで、ナズナは「自分は意外と戦える」ことに気付いていた。
攻撃力が一切ないと思っていた根も、使い方によっては蟲を仕留められる武器になる。流石にセリのナイフには劣るだろうが、今頼れるのは自分しかいない。
「根っこ……やろうと思えば、出来る筈……」
ナズナは突進してきた黄色雀蜂の攻撃を避けると、前脚に片腕でしがみ付いた。そのまま前脚にある棘に自分の足を掛け、えいやっと踏み台にして飛び上がる。空気の抵抗を破って伸ばした彼女の手は、胸部から生えた黄色の体毛を掴んでいた。
ーーvvvーー
身体を掴まれた黄色雀蜂は、ナズナを振り落とそうと猛烈な勢いで暴れ始めた。ナズナは必死に体毛を掴み、両足を胸に巻き付けて耐えた。
「私の根は、土から養分を吸い取ってセリに分けていた……だけど昨日の金蚉みたいに、根を張る場所は土じゃなくてもいい筈……」
ナズナは目を閉じると、黄色雀蜂の背中の上で根を張り始めた。最初は硬い外骨格に弾かれたが、無数に分かれた根の数本が、腹部の甲殻の隙間から体内に侵入することに成功した。
「そしたら、このまま‼︎ 」
やがて彼女の根は、黄色雀蜂の体から体液を吸い始めた。内部からの侵食に、黄色雀蜂は抵抗の余地もなかった。とにかく背中の上にいる得体の知れぬ存在を落とそうと、地面から足を離して飛び立とうと、
「無駄です‼︎ 」
しかし飛び立つ直前で、その体は力を失った。
ナズナの根の一本が、黄色雀蜂の脳に触れていた。
全身を司る司令塔を支配されては、どんな捕食者でも太刀打ち出来ない。数秒前まで生態系の上位者だったそれは、今や少女にすら敵わぬ骸と化していた。
「はぁっ、はぁっ……まずは腕、戻さないと……‼︎ 」
ナズナの体は、仄かに黄金色に輝いていた。
黄色雀蜂の命を吸った根は体液に塗れ、髪は枝葉のように大きく広がっている。その姿は「蟲」という土から生えた、一本の木のようだった。
「絡繰草‼︎ 」
声が響くと、虚だった黄色雀蜂の目が緑色に光った。
力を失った筈の翅に、脚に、腹部に。再び筋肉は動き出し、空を舞う殺戮兵器としての力を取り戻す。最もそこに、蟲本人の意識は宿っていなかったが。
「さぁ、暫く私の身体になって貰いますよ……降下‼︎ 」
体内に侵入した根が、黄色雀蜂の器官を無理矢理動かしていた。
甲高い羽音を響かせ、ナズナは蟲の体と共に木の上から飛び立った。
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