13年後

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 ある日。 「――綾斗さん」  そう呼びかけられ、僕は思わず足をとめた。  僕のことを芸名でなく本名で呼ぶ人物は、そう多くないはずだからだ。  僕は大きな舞台の初日を終え、劇場を後にするところだった。出待ちをするファンを避けるため、キャストは裏の出口から外へこっそり出る。  そしてマネージャーの車に乗り込もうとしたときに、声をかけられた。  声の主は少年だった。小学校高学年か、中学生か、それくらいの年代の男の子だ。  僕の出演中の舞台の客層とは大きく外れる。本名を知っていることも不自然。違和感を覚えるには十分な相手だ。 「君は、まさか……」  僕は気づいた。  もしかして、この少年は……。  僕を車に押しこもうとするマネージャーを制止して、僕は少年に近づく。 「……まさか」  僕はもう一度言った。 「美咲の、子供……?」  少年は「はい」とも「いいえ」とも答えず、表情ひとつ動かさなかった。  でも間違いなかった。この子は、美咲の子供だ。  九年前、保育園でちらりと見た、少年の顏。美咲が手を繋いでいた、あの少年の顏。それが、九年という歳月を身にまとい、目の前に立っている。  僕はマネージャーに、「この子は、知り合いのお子さんなんですよ。家まで送ってあげてもいいですか」と尋ねた。    マネージャーは渋々承諾した。  僕と少年は適当なところで車を降りて、徒歩で僕の自宅マンションへ向かった。  その間、少年は一言も喋らなかった。    部屋に入ると、暖かいココアを二人分作って、テーブルで少年と向かい合った。 「……」  明るいところで正面から少年の顏を見た瞬間、僕の心の中に、ある疑惑が生まれた。  ちょっと待ってくれ。もしかして、この少年は……。  いや、今はまだ考えるなと、僕は自分に言い聞かせた。   「それで」  僕は言った。 「何か、話があるんだよね?」 「母が死にました」
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