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「綾斗さんのことは、テレビで知っていました。有名人ですから、知っているのはとうぜんです」
僕は余計な口は挟まず、黙って幸人の話に耳を傾ける。
「僕は友達からよく、綾斗さんに似ているねと言われました。最初はよく分かりませんでしたが、成長して顔つきが大人に近づくにつれ、自分でもちょっと似すぎではないかと感じるようになりました。もちろんその時点では、自分が綾斗さんと血が繋がっているなんて、考えもしませんでした」
相変わらず子供らしからぬ成熟した口調ではあるが、幸人の言葉には確かな熱がこもり始めていた。
「母は僕に、父はすでに死んでいると言っていました。僕が物心つく前に、病気で死んだって……。写真が一枚も残っていないのは不自然ですが、僕は母の言うことを信じました。母は正直な人ですから」
そうだ、と僕は思った。美咲は正直な人だった。とても、とても、正直な人だった。
「僕はある日、雑誌に載っている綾斗さんの写真を母に見せて、『この人と僕が似てるって友達が言うんだ』って言ったんです。特に深い意味があったわけではありません。ただの話のネタとして、見せただけです」
「……」
「その時母が見せた表情を、僕は一生忘れることはできません。母は涙こそ流しませんでしたが、確かに泣いていました。一瞬ですが、確かに泣いたんです」
僕の目の奥にも、涙の気配が現れ始めていた。
「僕は思ったんです。もしかして、綾斗さんと母は、何か関係があるんじゃないかって」
そこで少年の話は一区切りしたようだった。彼は沈黙し、椅子の上で姿勢を正すと、ココアに口をつけた。
今度はあなたが話す番だ。
幸人は無言で、僕にそう告げていた。
僕は、美咲と一緒だった時のことを語った。それが幸人の聞きたかったことなのかは分からないけど、僕に話せることは全て話した。
「そうだったんですね」
僕の長い話にピリオドを打つように、幸人は言った。
「母は、けっきょく最後まで、新しい恋人を作ることはありませんでした。それは、綾斗さんのことを忘れることができなかったからなんですね。綾斗さんの話を聞いて、それを理解しました」
「……でも、別れを切り出したのは、美咲なんだ。僕のことを忘れられないくらい好きでいてくれたなら、どうして別れを切り出したりしたのだろう?」
「分からないんですか?」
幸人は呆れたようにため息をついた。
「ごめん……」
「夢のためですよ」
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