《3》

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 飲み物を受け取って席に戻ると、親父は小銭を積み上げタワーを作っていた。数えたところ小銭は七五三円あったそうだ。本当に子どもっぽいと思った。 「んで、悩みって何だ。嫁さんと上手くいってないのか」  さっきの話を続けてくれる。その気遣いにも感謝だ。 「いや、仲はいいよ。たまに口論するけど、そんなの普通でしょ。そうじゃなくて、家族が増えることを何だか考えちゃうんだ。親父は僕を捨てて出て行った。それまでの記憶はわりと残ってるけど、どうやって子どもと接すればいいのかなって。親父みたいに器用にやれるとは思えなくて。大体にして、僕は子どもが苦手だし」  アイスコーヒーにガムシロップを入れながら、親父はくつくつと笑った。 「なるほど、それで考え込んじまってるわけか。そんなのループだろ。答えなんか出ねえし、出たとしても妥協や諦めがいいいとこだ」  ずばり指摘されて、僕は肩を落とす。 「だよね……」 「そうさ。女はいいよ、腹ん中でどんどん命が育っていくんだ、自覚しようがしまいが、ある程度腹は(くく)れるだろう。でも男は違う。別モンだからな、いくら寄り添おうったってどこか他人(ひと)(ごと)だ。俺は未だに父親の自覚がない。娘も高校を卒業したって言うのによ」  けらけらと笑い、氷の粒をかき回す。 「そっか、娘がいるんだ」  何だか少し寂しく思った。いて当然とは思っていたけれど。 「ああ。反抗期ん時はすごかったぞ。平気で人の弱点を突きやがる。どれだけ俺が傷つこうと、このハゲた頭から毛を引き抜くぐらい壮絶な言葉をもらった。高校を出ても反抗期が収まらなくてな。俺の居場所は部屋だけだった。リビングで煙草吸うと蹴っ飛ばされるからな。空手やってたんだ。その蹴りが痛えのなんの」  武闘派か。僕は腕力でも勝てそうにない。会ってみたい気もするが、どんな自己紹介をすればいいのだろう。考えると可笑しくなった。 「いいか、男が演じる父親と、女が努める母親はまったく違うんだ。男の子煩悩と、女の子煩悩も意味が違う。たとえ愛情はあっても、男は何を捨てても子どものためにとはなかなか思えねえ。男が妻の妊娠中に浮気するのもそのせいだ。おまえの嫁さんがどんな子かは知らないが、夫婦揃って同じように子どもを愛することはできねえ。一概にまとめると怒られると思うが、女は母性がアイデンティティーで、男はち〇ぽがアイデンティティーなんだよ。俺ぐらいの年になっても、大概の男は女にモテたいと思うもんさ」  ち〇ぽがアイデンティティーだなんて、親父らしい言い方に僕は笑った。 「僕、そんなに性欲強くないよ」  交際している間も、セックスはあまりしていない。君香の妊娠が分かってからもしていない。風俗も行ったことはないし、自慰行為もしばらくしていない。 「かかか。そりゃ性欲のスイッチが入ってねえだけだ。おまえの嫁さんは不満に思ってるだろうさ。女をきれいにさせるために、もっと腰を振ってみろ」  そう言われると、君香が本当に不満を感じているように思えた。彼女は慎ましい性格だから、自分からしたいとはおそらく言わない。僕は二人でいるだけで幸せだけれど、もう少しスキンシップした方が良いのかな。 「ねえ、娘さんの名前、なんて言うの」  性の話はもっとややこしい。話題を変えよう。 「ああ、(かえで)の子と書いて(ふう)()と言う。本人は気に入ってないみたいだがな」  楓子か。秋に生まれた子なのかな。 「どんな子?」 「凶暴」 「芸能人では誰に似てるの」 「その話はタブーだ。どうやらセクシー女優にクリソツらしい」  僕はその筋に(うと)い。名前を聞いてもきっと分からない。 「その子と仲はいいの? 反抗期前とか、一緒にお風呂入ったりした?」 「いや、反抗期が早くてな。小二から反目し合ってる。人生の半分以上は反抗期だ」  それは大変だ。子どもを持つ自信がなくなってくる。家庭内不和は、地味にしんどい。 「どうしてそうなったか、心当たりはあるの」 「楓子に言わせると、生理的に嫌いなんだそうだ。あいつの口癖は『オヤジマジ無理』だからな。俺の存在が無理なんだそうだ。精神やられるセリフだぞ、ありゃあ」  僕は乾いた笑いしか出せなかった。血を分けた愛娘に無理と言われるのは地獄だろう。よく家を出ないなと思うレベルだ。
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