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《4》
その次の休日、あるはずがないと思いながら、僕は例のカフェに足を向けた。いるはずがない、来るはずがない、奇蹟が続くわけがない、と思いながら。
でも、親父はそこにいた。
窓際の席に座り、まるで僕が見つけやすいように。
店の扉を開けると、親父は表情を晴らして手を振り、
「おう、来たか」
何の約束もしていなかったのに、僕を待っていてくれた。今日が休日だということも伝えなかった。僕の仕事はシフト制だから、決まった曜日が休みということもないのに。
「……なんでいるの」
僕は信じられない思いで言った。嬉しさ半分、驚き半分といったところだ。
「なんでっておまえ、また話したいと思ったからだろう」
僕も同じ思いだった。でも、それぞれに家庭があり、仕事があり、事情がある。何の約束もなく待つなんて無謀じゃないか。
「ずっと待ってたの? 僕が来なかったらいつまで待ってたの」
言うと親父は、自分の首元を手で撫でながら、にんまりと笑った。
「何の注文もしなけりゃ待つのはタダだからな。まあ、水ぐらいはもらったが」
「そういうことじゃなくて」
「そういうことじゃないと思うなら、会う日を決めてくれ。俺はおまえに会いたい。別に頻繁じゃなくていい。何ヶ月かにいっぺんでもいい。おまえの話を聞きたい。だっておまえは俺の息子だろう」
笑みを湛えた親父は、「まあ座れ」と促してきた。僕は席につき、スマホのカレンダーを立ち上げた。紙ナプキンを一枚とって、向こう二ヶ月の予定をペンで書き込む。
「おお、けっこう働いてるんだなあ」
月に八日の休日も、君香の病院に付き添う日も、親になる講座の予定も書き込む。空いた日の職場の飲み会や、母さんと会う予定も書き込んだ。
「……という感じで、二ヶ月先まで予定は埋まってるんだ。今日会えたのはすごい奇蹟なんだよ。たまたま僕の予定が何もなかっただけで」
「それを運命と言う」
「そうかも知れないけど、あてもなく待たれたら気になる」
「だから、予定を決めるんじゃないか。三ヶ月先ならいいんだろう」
「三ヶ月先は君香が臨月だ。約束しても守れないかも知れない」
そうかあ、と親父は唸った。
「おまえに会いたいんだがなあ。おまえと話したいんだがなあ」
駄々をこねる子どもみたいに、ちらちらと僕の顔をうかがってくる。
「おまえに会いたいなあ。おまえと話したいなあ。どうしてもダメかなあ」
いい歳なのに、髪も薄いのに、性欲強いのに、可愛いじゃないか。
「じゃあ、こういうのはどう? 毎月一日と十六日の午後八時に居酒屋集合。そこで二時間食べて飲んで語り合う。それなら僕も問題ない。僕だって親父と話したいんだ」
居酒屋かあ、と目を輝かせた親父は、おやつをねだる犬みたいになった。
「俺、肝臓悪いんだがなあ。おまえと話せるなら飲んでもいいなあ」
「大丈夫。そこ、ソフトドリンクも充実してるから。無理して飲むことないよ」
「バカヤロウ。男同士が語り合うのにソフトドリンクが必要か。俺はな、息子と酒を酌み交わしたいと言ってるんだ。肝臓なんか壊れちまえ」
「いや、壊したら死ぬでしょ」
「おまえは青いなあ。弱ってるからこそ鍛えるんじゃねえか。大体にして、俺の身体はそこまでヤワじゃねえ。おまえは食うに食えない元気な奴を前にして、『大変ですね、無理して働かなくていいですよ、何よりも身体が大事です、外出してウイルスにでも感染したらどうするんですか、家でじっとしていてください、そうしたらきっと良いことがありますよ、お金なんて誰かが自然にくれるもんです』と言うか? 『ちょっとでも収入を得て生活を楽にしましょう』と言うんじゃないか? それと同じだ」
その論理から言えば、『ちょっとでも飲んで身体を壊しましょう』ってことになる。論点をずらされた気がして可笑しくなった。
「まあいいけど、ほどほどにしてよ。救急搬送とかマジ勘弁だから」
「救急搬送されても、楓子は来てくれねえんだろうなあ」
「どっちの楓子だよ」
「そりゃおまえ、俺が愛する楓子に決まってら」
多分、百パーセント風俗の楓子だろう。来るわけがない。
「じゃあ、そういう約束でいい?」
「おう、楽しみだなあ。それはそうと、今日は時間あるのか」
「うん、夕方までに帰れればいいから」
「じゃあソープ行くか」
「なんで!?」
「昨日、新しい楓子がデビューしたんだ。俺はもう味わった。おまえにもと思ってな」
親父と兄弟のようになりたいのは、そういう意味ではない。
「それ、娘の楓子ちゃんに言ってないよね?」
さらに毛嫌いされる真似をする馬鹿がいるとは思えないが、
「言ったよ。歴代の楓子がどんな感じか気になるだろ。名前の由来なんだから」
ここにその馬鹿はいた。
「聞きたくないと思うよ。親父がド変態だって思われてるかも」
「そうかなあ。うちの楓子だって処女じゃねえもん。男の性は分かるはずだが」
「分かっても、キモイものはキモイの。まだある程度の夢や期待は持ってるだろうし」
「そんなことより、行くのか、行かないのか」
僕は拒絶の意味で首を振った。親父は残念そうに項垂れた。
可哀想だなんて思わないからね。僕には君香という妻がいるんだ。風俗は別だという思考は持てない。
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