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事情を説明してくれ。
ただ、一言、そう村上に言えば良かっただけなのかもしれない。
でも僕はその一言を口に出すことをためらった。
それは村上を思って、ではない。
自分のためだった。
厄介ごとに巻き込まれたくない。
事情を知らなければ、何も知らなかったで済む。
そんな防衛本能が働いたのだ。
村上は恋人でもないし、親しい女友達でもない。
僕が介入するべき問題じゃない。
そう思いながらも考えてしまう。
帰る家のない村上は、明日はどうするんだろう。
未来はいつもうんと先にあって、ぼんやりと考えるものだった。
でも、村上凜の考えるべき未来は、今夜の、明日の、朝であり昼であり夜だ。
シャワーを浴びて戻ってきた村上はさっぱりした顔をしていたが、僕はいくらシャワーを強くしても次々わいてくる疑問を洗い流すことができなかった。
思い切って聞こうか。
何度そう思っただろう。
だが、聞いてどうする。
今目の前にいる村上を、お前は助けられるのか。
事情を聞けばもう「知らなかった」では済まないのだ。
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