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「ねえ、宇津木翔を覚えてる?」
電気を消した寝付けない暗闇の中で、不意に村上が聞いた。
「宇津木? 宇津木がどうかしたの?」
「今、東京にいるみたい」
「東京? あいつの家は確か不動産屋で後を継ぐって聞いたけど」
「こっちで会ったことはないの?」
「ないよ」
「東京とカケル、ってイメージが結びつかないよね」
カケル。
あの頃みんな宇津木のことをそう呼んだ。
それは僕らにとって悪の代名詞というべき特別な名前だった。
金色に近い髪の色、くずした制服、間延びしたしゃべりかた、何をしても何を言ってもあきらめて許した。だってカケルだもん、しょーがないよ、どうしようもないよ、ああまたあいつだ、困ったね。あらゆる意味で特別だったカケル。
「カケルに会ってダメになっちゃった気がする」
「カケルと会ったの? ダメになった、って何が」
「あ、違う違う。私の勘違いかも。ちょっと見かけた気がしたんだけど。そうだよね、カケルが東京にいるわけないもんね」
わざとらしくわかりやすい慌て方で僕の質問をかわすと、村上は「おやすみなさい」と布団をかぶった。
宇津木の名前が出たことで、僕の心は決まった。
これ以上何か聞くのはよそう。
関わり合いになるのはごめんだ。
きっと、ろくなことにならない。
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