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「会いたくないし、帰る場所はもうないって覚悟して東京に出て来たの。大体、東京に出るって決めたのはあの人たちが離婚するって知っていたからだし、だからお金もかかるけど、そのくらいいいじゃないかって気持ちもあった。ああごめん、山田さんには全然関係ない話だよね。忘れて。私、もう行くね」
突然立ち上がった村上に驚いた。
「行くって、どこへ」
一番きつい質問だろうけれど、聞かずにはいられなかった。
「バイトでもなんでもとりあえず仕事を探さなくちゃならないし、それに泊めてくれる友達もいないわけじゃないから」
「なんか……ごめん」
「どうして山田さんがあやまるの。泊めてくれてありがとう。ごちそうさまでした」
村上は靴を履いて立ち上がった。
「またね」
村上は、はっとしたように僕を見た。
「え?」
「ううん、別に。じゃあね」
村上は手をふって出て行った。
いくら僕だって手を差し伸べられたらその手を掴むくらいのことはする。
だけど、その手を握り締め、引き寄せ、抱きしめろと言われたらどうだろう。
昨日の夜、僕はそうしなければならなかったのだろうか?
わからない。
ドアを閉めて一人きりの部屋に戻ったあとも胸の奥が湿ったみたいにいつまでも重たかった。
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