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全部忘れる。
それが今の僕にできる、唯一の抵抗だ。
全部なかったことにして、知らんふりをする。
それだけで全部、元通りになるはずだ。
今までだってそうやって、生きてきたんだ。
それでも電車の単調な揺れに身を任せていると、村上と鈴木のことをついつい考えてしまう。
そんな日が続くといささか疲れる。
だからだろう、斜め前に立っている男が見覚えがあるような、そうだ宇津木翔に似ているのだなんて思い当たるのは。
村上がカケルの名前を出したりしたから、そのせいで斜め前に立っている男が宇津木翔に似て見えるのだ。
宇津木が東京にいるわけはないし、電車の同じ車両に乗り合わせる偶然なんて起こるわけがない。
「宇津木翔、覚えてる? あいつと会ってダメになった、そんな気がする」
あの日、村上はそう言った。
村上はいつどこで宇津木に会ったのだろう。
グレーのストライプの入ったスーツを着た、背の高い宇津木に似た男を見ながら、そんなことを考えていた。
似ているなあ。
あごのラインや偉そうにあぐらをかいた鼻の感じ。
まさか、本人じゃないよな。
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