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なんとか乗り込んだ電車、閉まるドア、ベンチに座ったまま宇津木が挨拶するように大きく片手をあげているのがガラス越しに見え、胸を掴まれたような気持ちになって目を凝らす。
嘘だろう、宇津木があやまるなんて。
しかもあの堂々した座り方、しゃべり方、どれも全然あやまっている感じじゃないところが宇津木っぽい。
小さくなっていく宇津木の姿はあっという間に後ろへ流れ、かたんかたん、規則正しい音と次々に現れるビル、目の前のいつもの現実。
プルトップにさえ触れられずに持ったままの缶コーヒーは温かく重さがあるのに、さっきの出来事は現実ではなかったように思えた。
缶コーヒーがなければ、夢だと思っただろう。
「何だったんだ、今の」
思わず声に出して、隣に立っていた人がびくっとして眉をしかめた。
あ、やばいやばい、変な人だと思われる、と慌てて口元を引き締める。
そうか、宇津木も一応会社員なわけだ、まともに社会人をしているうちに昔の素行を少しは反省したということなのだろう。
これは反省の印のコーヒーってわけか。
そうだよ、もう高校生じゃない、あのころの僕たちじゃないんだから。
偶然ってあるものなんだな。
緊張がとけてぼんやり窓の外を見る。
何か忘れているような気がした。
何だろう、思い出せない。
降りる予定の駅まであと二つ。とりあえず仕事だ。
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