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「家がない? 終電がない、の間違いじゃないのか」
「それならまだ良かったんですけど」
良かった、とは言えないな。
でも、家がない、よりはマシだ。
「どっちにしたって男ならそこは嵌められた、じゃなくてチャンス、と思うべきじゃないのか?」
僕は首を横に振る。
「もしかして、村上凛ちゃんは君のタイプじゃないってことか」
「タイプとかタイプじゃないとかの問題じゃありませんよ」
「まあ、フェアではないかもしれないけど」
横顔でも彼が苦笑いをしたのがわかった。
「そこから始まるってこともなきにしもあらず、だ。それに、女の子から頼られるっていうのは、けっこう気分がいいものだよ」
ぱりっとした仕立てのいいスーツ、ひと目で上質のものだとわかる鞄。
彼は、人付き合いが得意とはいえない僕が唯一、話ができる相手だ。
おそらく彼は、どんな人とでも瞬時に打ち解けることができる才能を持っているのだろう。
「そうですね。あなたにそう言われるとそんな気がしてきました」
「そんなふうに言われると困るな。事情を知らない部外者の意見なんて聞き流してくれ。本が好きで酒が好き。ただ、それだけの男だ」
「本が好きで、酒が好き。僕達の唯一の共通点ですね」
僕はグラスを持つ手を少しあげて乾杯の仕草をした。
「もうひとつ、大事な共通点があるだろう?」
にやりと彼が笑う。
「そうでした」
それがきっかけで僕達は知り合ったのだ。
「本屋の一角がショットバーと言うのは実に素敵だよね」
黒を基調に統一された店内のカウンターから振り返るようにして外を見る。
白い床白い壁、白い天井、整然と並べられた白い本棚の中にはみっしりと本が詰まっている。
暗いショットバーの店内から見える眩しいくらいに真っ白な本屋は、違う空気が流れている別世界のように見えた。
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