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「ず、ずいぶんな言いがかりだな。おれはただ、村上を元気づけたかっただけだ。だけどいきなり一対一で食事に誘っても絶対断られるに決まっているじゃないか。散々な目に遭っている時に昔の姿を知っている同級生なんかに会いたくないだろう。だから偶然会ったふりをして、誘って、迷っているみたいだったからどうせなら他の奴らも呼んじゃおう、もう同窓会やっちゃおうって言ったらやっと笑っていいねって言ってくれて、そうなったらもう二人だけってわけにいかないし」
「どうしてそんなことを知っている? 村上が男と暮らし、仕事を失い、住む所もないなんて、調べでもしない限りわかるはずがない」
鈴木の目がこれ以上は無理というくらい大きくなって、何か言おうと唇が二、三回震えて少し開いては閉じるのを見た。
「な、何だよ、えらそうに。お前なんかゲイのくせに」
あまりに驚くと人間はすべての機能が一瞬止まるものらしい。
はっと我に返ったときは僕の中に今まで感じたこともないほどの熱い何かが煮えたぎっていて、それをぶちまけるべく目の前にいる怯えた顔の男が一番傷つく言葉を探していた。
「残念だったな。僕はゲイじゃない。村上と寝たぞ」
「山田」
鈴木は口を開けて何か言いかけたがうまく言葉にならないようだった。
「おまえ」
ガチャン、鈴木が立ち上がった拍子に皿やジョッキが倒れ、胸倉を掴まれた拍子に僕の手がテーブルの上にあった橋立に当たりぱしゃあという音とともに白い割り箸がざらざらと床にぶちまけられた。
「ふざけるな」
「ふざけているのはどっちだ」
赤い顔で充血した目をした鈴木の顔がすぐそばにあったが不思議に怖くなかった。
「お客様」
店長と思われる店の制服を着た中年男性が現れた。
その背後にはこちらの様子をうかがう店員と、たくさんの客の視線が僕らを取り囲んでいた。
しゅう、煮えたぎっていた熱いものが一気に冷めて正気に戻る。
「すみません」
鈴木の手がゆるんだ。
僕はその手を振り払うと、散らばった箸を拾おうと身をかがめた。
「結構です。私どもでやりますので」
出ていけ、を丁寧に言うとこういう言い方になるんだなとわかった。
すぐに近くにいた店員が二人、皿や橋を拾い始めた。
「すみません」
「申し訳ありません」
二人で何度も頭を下げて小さくなってそそくさとレジに向かう。
会計の時に万札を出してお釣りはいいですと言ってみたが「四千八百二十六円のお返しです」ときっぱり渡された。
「あー」
店を出た途端、鈴木が魂が抜けるような声を出してしゃがみこんだので僕は「おいおい、店の前だぞ」と道路の端へと腕を引っ張った。
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