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「今晩だけでいいから、山田さんのところに泊めてくれないかな。私、今、家がないの」
村上の言葉を理解するのに数秒かかった。
家がない?
村上、お前、どんな生活をしているんだ?
そんなことを自分から言い出すようなタイプじゃなかった筈だ。
改めて見ると、目の前の彼女はくすんで疲れ切っているように見えた。
今の彼女は、正しくない。
高校時代の彼女はいつも正しさで溢れていたのに。
教室の中心で眩しいくらい、いつも正しかった。
そんな彼女を僕は遠くから見ることしかできなかった。
彼女を取り巻く多くの人が呼ぶように「リン」と呼んでみたかったのにとうとう一度も呼べなかった。
「泊めてくれる?」
男の、しかも僕なんかに「泊めて」というくらいだからよっぱど切羽詰っているのだろう。
「鈴木に頼めばよかったのに」
「鈴木さんは駄目よ」
村上凛は首を横に振る。
「だから山田さんを、呼び出したのよ」
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