天音先輩のお誘い

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 約束の土曜日、俺は五日前の自分を殴りたくなった。理由は簡単。俺は今、スカイダイビング専用航空機の中──上空3,800メートルにいるからだ。  プロペラの回る音、エンジンの振動、不安定に揺れる空間。うう、何だか酔いそうだ。これから起こることを想像すると、気分が一層悪くなる。  どこにも逃げることのできない航空機の中で、俺はこれまでの記憶を思い起こした。  映画を見に行こうと言えば、R18指定のホラー映画を鑑賞し、川に行こうと言えば激流の中ラフティング。遊園地では真っ先にジェットコースターかお化け屋敷に向かう。天音先輩が好きなのものは、どれもスリルに溢れるものばかりだった。  そうだ。先輩はそういう人だ。「告白されるかもしれない」とか馬鹿な妄想をしたことに反省する。先輩の前において、普通の男女が行くようなデートスポットを想像してはいけない。そもそも、俺と先輩は付き合ってもいないのだから、デートという表現は適切ではないんだろうけど。  いや、そんなことはどうでもいい。今、考えるべきなのは、無事スカイダイビングが終わることを祈ることだ。俺はギュッと目を閉じ、背後に覆い被さるインストラクターのおじさんと一緒に、大空へと飛び降りた。
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