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先輩は普段から髪を下ろしている。だから、俺がその傷跡を見るのは今日が初めてだった。先程の発言に思考を巡らせる。スカイダイビングは初めてで、飛び降りるのは初めてじゃない。それは何を意味するのか。
一つの仮説が頭を過った。俺は生唾を飲み干した。柱時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。それに自分の心臓の音も。
発言の意図が分かってしまった気がする。でも、なんで先輩はそんなことを話そうとしているのだろうか。先輩が何を考えているのか想像できなかった。迷った挙句、また話を逸らすことにした。
「あー初めてじゃないって、バンジージャンプのことですか。バンジージャンプも飛び降りますからね。いやー、あれって、自分から飛び降りるってヤバいですよねぇ。もう何というか、飛び降りたら全部捨てる覚悟っていうか」
どうにかこの場を切り抜けたい一心で俺は一方的に喋り続けた。先輩は何も言わず、窓の外を見続けている。そんな苦肉の策も徒労に終わり、静寂が舞い降りた。
先輩は盛大なため息をもらし、テーブルにバタンと突っ伏した。食器やらカトラリーやらが振動でカチャンと音を立てる。
「はぁー、君ってやつは本当に……」
「先輩、どうしました?」
「君、ここに来る前、私がなんて言ったか覚えてるか?」
「あ、はい。覚えてますよ。『話したいことがある』って」
「そう。今回のメインディッシュはスカイダイビングじゃなくて、そっちだよ。話そうと思ったのに、そらしやがって」
先輩はチッと舌を鳴らした。俺が話を逸らしたことに気付いていた。先輩に嘘は通じないようだ。伏せられた顔が腕の中から覗く。黒目がちの綺麗な瞳が俺を捉えた。先輩の大きな瞳は瞬きひとつしない。穴が空きそうなくらいの視線が突き刺さる。
「え、えっと……飛び降りたのが初めてじゃないっていうのは、あの……その……何というか……」
言葉の先を言い淀む俺を逃がしてはくれないらしい。「言え」と無言の圧力が押し寄せてくる。
「…………死のうとしたっていうことですか」
自分でも驚くほど、か細い声が出た。視線に耐えられなくなり、俺は目を逸らす。先輩は伏せた状態から身体を起こして言った。
「ああ、そうだよ。高校生のとき、飛び降りたんだ」
それはある意味、告白だった。先輩は滔々と語りだす。まるで俺が見えていないかのように。俺は先輩の声に耳を傾けた。
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