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にじいろカラフル
——雨の匂いがしていた。
「想像していたよりも、なんと言うか……完成度が低いね」
講師である土居先生が発した低い唸り声に、じわじわと頬に熱が集まる。
彼を真逆の意味で唸らせる——その自信があったのかと聞かれれば、むしろ、そんなものミジンコ程度の大きさしか無かった。そう答えるしかない。
君には期待していたんだけどね。そう言って困ったように笑った土居先生に、申し訳ありませんでした。と頭を下げる。
謝られても困るよ。そう言われることは分かっていた。分かっていたけど、それでも、今の俺に出来ることといえば、頭を下げること。それ以外には思いつかなかった。何も……。
僕は君のデザインを個人的に気に入っているんだ。将来が楽しみだよ。土居先生にそう言われたのは、ついこの間のことだ。そう、二年に進級してすぐのことだった。
尊敬する土居先生の言葉に、息をするのも忘れるほど完全に舞い上がった。嬉しくて、嬉しくて仕方がなかった。
これからは、もっともっといいデザインを表現していこう。そして、土居先生の様に若くして活躍できる建築家になろう。そう心に誓った。
それなのに——頑張ろう。頑張らなきゃ。そう気負えば気負うほど、頭の中の靄はだんだんと濃くなり、今では何も見えない程、真っ白になってしまった。
いつか何かに触れられることだけを願って、真っ白な空間を手探りで歩いている。たぶん、その速度は歩き始めの赤ちゃんと大差ないと思う。
早々に期待を裏切ってしまった。穴があったら入りたいどころか、今すぐミジンコにでもなってしまいたい気分だ。
土居先生の部屋を後にする時、ぽんと叩かれた肩が、時間の経過と共に冷たさを増していく。
アトリエに続く廊下をぼんやりと歩いていると、妙に晴れ晴れとした表情の、林仲 海人がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
彼は、大体のことは何でもそつなくこなしてしまう、いわゆる天才肌で、俺が通う美大では一目置かれている存在だ。
日本最高レベルの大学を中退した彼は、絵を描くことをライフワークにするという目標を掲げ、ここで学び直している。
美大に入る前のニ年間を決して無駄だとも、遠回りだったとも思わない。長い人生、たまにはこういうことも必要さ。
そう言って笑った彼を見た時から、俺は毎日のように自問自答を繰り返している。
——本当に、このままでいいのか?
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