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中指と薬指の第一関節と第二関節の間に鉛筆を挟み、親指で軽く弾いて反動をつけ、くるくると回転させる。
こんな事を繰り返していたからといって、何かとんでもなく素晴らしいアイデアが浮かぶ訳じゃない。そんなことは自分自身が一番良く理解してる。
それでも、無意味なこの行為を延々と繰り返してしまうのは、目の前にある課題に全く集中できていないからだ。
いや、集中はしてる。後は、素晴らしいアイデアが降ってくればいい。それだけだ。
「あーっ、もう。ぜんっぜん、なんにも思い浮かばねえんだけどっ」
無駄に大きな声を出して立ち上がると、手に持っていた鉛筆の芯が机に叩きつけられた衝撃でポキリと折れた。
「なんにも浮かばないなら、もう帰ろうよ。あ、このシャツ可愛い」
隣の席に座っている国木田廉がファッション雑誌を眺めて、はしゃいだ声をあげている。
ゆるくパーマがかかっている栗色の髪。白い肌。大きくて潤んだ瞳。弾ける様な明るい声。いつも一緒に行動している俺が長身なこともあって、小柄な廉はボーイッシュな女の子に間違えられることが多々あるけれど、時と場合によっては俺よりも漢らしいヤツ。
廉は同じ美大に通い、同じ建築学科を専攻している。デッサンの美しさには定評があるけど、基本的には課題に対する熱意が不足している。
なぁ、来週提出する課題は終わったのか?俺は廉にそんな野暮な質問はしない。課題の評価が低くても高くても、作品の完成度に満足していても満足していなくても、そんなことは廉にとっては小さな問題だ。
次のデートに着ていく服を何にするか。どこに行こうか。そちらの方が断然、重要なのだから。
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