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「いや、まだ頑張れる。頑張れ、俺。いや、むしろ願晴れ。俺なら出来る。出来る、出来る、出来る」
「なにその呪文みたいなの。めちゃくちゃ怖いんだけど。しかも、願晴れって何」
「はいそこ、怖いとか言わない。俺は今、自分で自分を奮い立たせてるんだよ。願晴れは、字の通り、願いが晴れるようにという想いがこもった素敵な言葉です。分かりましたか? 廉君」
「はいはい、分かりました。でもさ、思い詰めたって、なんにも浮かばない日は浮かばないよ。そんな日は、さっさと諦めて他のことをするのが一番だよ」
廉の言うことは確かに正しい。アイデアがぽんと浮かぶタイミングは実に不規則だ。
例えば、廉の様にファッション雑誌を眺めている時。例えば、風呂で身体を洗っている時。例えば、布団に潜り込んで枕に頭を沈ませた時。例えば、特に興味のないテレビ番組を眺めている時。それは突如として舞い降りてくる。
まるで、神様が気まぐれにプレゼントを配っているみたいに……。
思い詰めても意味がないことは、重々分かってる。だけど、ここで諦めるわけにもいかない。
叩き折った鉛筆を削って握り直す。目の前には真っ白なスケッチブック。頭の中も、真っ白な靄に包まれているのに、紙まで真っ白だ。もう、白はうんざりだ。黒。そう、黒い紙が必要だ。
ガタリと激しい音を立てて、座っていた椅子を後ろに跳ね除けると、画材が積まれている棚に手を伸ばす。確か、どこかの引き出しに黒い画用紙があったはずだ。
「あ、あった。はい、黒い紙ゲット」
「ねぇ、張り切ってるとこ悪いんだけど、黒い紙に鉛筆で書いても見えにくいんじゃない? 」
席に戻った俺が鉛筆を握った瞬間、頭上から容赦のない声が降ってきた。……確かに。見えなくはないけれど、やたらと見にくいのは否定できない。白。白い色鉛筆かペンが必要だ。
さっきと同様に立ち上がろうとした瞬間、廉が俺の両肩に全体重で覆いかぶさってきた。
「ねぇ、もう帰ろうよ。他のみんなもとっくに帰っちゃったよ? それに、ほら」
廉がおもむろにアトリエの窓を指差す。窓の向こうには、分厚い雲が空を覆い隠し、絶え間なく雨粒を降らせている光景が広がっている。
「コウ、どうせ傘持ってないでしょ? 入れてあげるから早く帰る準備しなよ」
備えあれば憂いなし。
今朝は、課題提出のことばかり考えていて、天気予報をチェックするのをすっかり忘れていた。大失態だ。
雨雲レーダーによると、雨はしばらく降り続くらしい。雨が止むまで課題に勤しむか、止まない雨の中、ずぶ濡れになって帰るか……。ふむ。今は、雨に打たれて風邪をひいている場合じゃない。
俺は、大慌てで黒い画用紙をバッグに放り込み、さっさとアトリエを出て行ってしまった廉の背中をダッシュで追った。
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