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「鈴木さん、ですか?」
頷く私に少女が答える。
「山本……いや田中、田中夏帆の娘です」
「娘……さん?」
「母が、鈴木さんが来るはずだから渡して欲しいと」
差し出された手紙と少女の顔を交互に見ながら受け取り、少女に尋ねた。
「あの、お母さんは……?」
少女は目を細め、俯いた。
「母は……年末に亡くなりました」
実家へと帰るバスの車内から、白く覆われた町並みを眺めていた。
母親そっくりな少女の言葉を反芻する。
──母は懐かしそうに鈴木さんのことを話してくれました。
あんなに好きになった人はいなかったって。
その話を傍で聞く父はいつも苦笑いでしたけど、若いときの淡い思い出と理解していてくれてたのでしょう。
2年前に大病を患った母は、余命数か月と言われていました。
でも、それから2年近く生きたんです。
鈴木さんとの約束を果たさないといけないって。
残念ながら果たせませんでしたが、今日のことを考えていた母はきっと幸せだったと思います──。
実家の玄関をくぐり電気をつけるなり、受け取った手紙を解く。
開いた便箋に書かれてある丸っこい字は、20年経った今も変わっていなかった。
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