タイムカプセル・エンゲージ

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店の扉を開け外に出てみると、黒いキャンバスに白の斑点が浮かぶ世界が待っていた。 踏めばくっきりと足跡がつく道を、近くのバス停まで並んで歩く。 雪を運ぶ風は、3時間叫び続けて火照った体を覚ますのにちょうどよい。 「あー、すっきりした!」 「すっきりしたけど、びっくりした」 「何がですか?」 「あんな歌が好きなんて、意外やった」 「ギャップが売りなんです」 「はは。なんだそれ」 バス停の屋根の下で、肩に積もった雪を手で払う。 田中もマフラーをはずしてパンパンと空中で広げていた。 「バス、あります?」 「あと30分くらいかなあ」 「30分、ですか……」 俯く田中。 「家、近くだろ? 先に帰っていいよ」 「ううん、待ちます」 目を伏せ鼻をすする田中の頭越しに、自販機が見えた。 財布の中にあった残りの100円玉2枚を入れ、赤いボタンを押す。 「わー、あったかい! ありがとうございます」 お汁粉の缶を受け取り、頭を下げる田中。 「あの中から、よくこれを選びましたね」 「いつも飲んでんじゃん。うんまーって言って」 「恥ずかしいなー。でも、好きだからしょーがないですね」 目を弓を張ったように曲げ、にっこりと微笑む。 車が通るたび雪がギシギシ、ジャリジャリと鳴っては、しんと静まり返る。 温まっていた身体も、すっかりもとに戻っていた。 寒さに手をすり合わせていると、隣からふっと手を添えられた。 温かい掌が手の甲を包み込んだかと思うと、絡め取られ手をつなぐ形になる。 マフラーに顔を埋めながら車道を見つめる、無言のままの田中。 同じように言葉を発することなく、今日の出来事を思い返しながらバスを待つ。 繋いだ手にほんの少しだけ力を込めると、同じように握り返された。 全身が冷えていく中、繋いだ手だけがじんわりと温かかった。
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