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第十二話
「本当に、すみれちゃんどうしたのかしら。私、何か早まったことした?いいえ、私にしては待っている方よね。」
爪を噛みながられいこは速足で歩く。
「嫌な気配でも察知したのかしら。あの子動物みたいな子だから・・・。」
ブツブツ呟きながられいこは速足で歩く。
「でも、私に限って失敗なんかしないわ。だって、私、完璧だもの。」
あーでもない、こーでもない。
れいこは行く当てもなく校舎内を歩き回る。そしてそれは丁度校舎と校舎をつなぐ渡り廊下に来た時のことであった。
目の前に大量の書類を持ってせっせと運ぶすみれの姿があった。
こういう偶然というチャンスをれいこは引き寄せるタイプである。
これ幸いと、れいこはすみれに駆け寄った。
「すみれちゃん!」
「ひゃっ!!」
急に聞き覚えのある声で、呼び止められ驚いたすみれが振り向くと、そこには麗しのれいこさんが立っていた。
「ひゃぁっ!?」
すみれは、もう一度驚くとその勢いのあまり飛び跳ねてしまった。
勿論、持っていた大量の書類は、バラバラと全部落ちてしまう。
「あらら。驚かせてしまってごめんなさい。」
「い、いえ・・・。」
すみれは、れいことは目を合わさずにしゃがんで散らばった書類をかき集めだした。それを見てれいこもしゃがんで手伝おうとする。
駄目。あの人と関わっては駄目。
急にすみれの頭の中で、なおの声が聞こえた。
駄目。れいこさんと関わっては駄目。
「やめてください!」
すみれは反射的に彼女を突き飛ばしてしまった。
だが、すぐに自分の非礼に気づき肩を震わせる。
いくら名前で呼ぶことを許されていても、れいこは大天使様なことは変わりないのだし、そのような方が手伝ってくれているというのに、こともあろうか拒否し突き飛ばすなんて。もう少し、違うやり方で彼女から逃げればよかったのではないだろうか。本当に自分は馬鹿だ。なおの言うように本当に馬鹿だ。
すみれは涙目になる。
そんなすみれに対して、急に突き飛ばされ驚いたものの、れいこはため息をつきながら集めた書類を彼女に渡した。
「貴女、本当に私の予想の斜め上の行動をする子ね。困った子。」
だからこそ躾けたいんだけど。
そう思いながられいこはすみれの頬に触ろうとした。が、すみれはそっぽを向いてしまう。
「あの・・・。拾ってくださって、ありがとうございます。でも、私、もう行かなきゃ。」
「すみれちゃん、最近私の事避けていない?」
「え・・・?」
「私の事、そんなに嫌い?私、貴女に何か嫌がるようなことした?」
これは、れいこには珍しく率直な思いである。全く自分に非はないし、想いを募らせてくれているとばかり思っていたが、これだ。
「違うんです!・・・違うんです。」
すみれは何度も首を振る。
「私がれいこさんのこと嫌いになるはずはありません。でも・・・。」
「でも・・・?」
「あ、いえ・・・なんでもないんです。ただ、私はれいこさんと関わっちゃ駄目なのです。」
「どうして?」
「駄目なものは駄目なのです。」
これでは全くらちが明かない。
大体、従順な彼女がここまで拒否するのは、第三者の影がある気がする。
誰?誰に言われているの?
元来、短気なれいこは、すみれの顎を強引に引き寄せ問い詰めた。
「ひゃっ!!」
「すみれちゃん、どうして駄目なの?貴女、もしかして、誰かに何か言われたの?私が一緒にいることで誰かにいじめられているの?だったら私がその子に・・・。」
すると、すみれは目を見開いてれいこのことを初めてじっと見た。
「いじめられていません!!なおはそんなことしません!!」
「なお・・・?荒牧さんのこと?彼女に何か言われたの?」
「あ・・・。」
すみれは、気まずそうに口をつぐむ。
「荒牧さんが私に会っては駄目って言ったのね?」
自分が失態を犯し、ここまで問い詰められれば、もう嘘をつきとおすことはできない。すみれは嘘をつくのが大変苦手であった。勿論、言い訳がうまくできるほどの機転も持ち合わせていなかった。
しぶしぶ彼女は口を開く。
「・・・なおが、心配しているんです。きっと、れいこさんは私を騙しているんだって。そうでないと、こんな馬鹿な私によくしてくれることなんてないから。だから、もう会っては駄目って言うんです。」
・・・動物的勘が鋭いのは荒牧なおの方だったか。
れいこはなおの勘の良さにムッとしたがとりあえず、それはそれ、これはこれ。
落ち込むすみれの頬をゆっくり撫でてあげた。
「あのね、すみれちゃん。貴女、荒牧さんが会うなって言ったらそれを鵜吞みにするの?」
「・・・・・・。」
「すみれちゃんは、本当に私に会いたくないの?」
すみれは、無言で首を振る。
「だったら荒牧さんの言うことじゃなくて、自分の気持ちで動きなさいよ。」
「私の・・・気持ち?」
「そうよ。貴女がやりたいことすればいいのよ。」
するとすみれは、また首を振る。
「なおは、間違ったこと言わないんです。だから私は、それに従わなければいけないんです。私は馬鹿な子だから。」
れいこは再びため息をつく。と同時に、なおに苛立ちを覚えた。
すみれに命令するのは自分だけでいい。動物的勘で何を吹き込んだか知らないが、邪魔は一切されたくない。
「だからね、すみれちゃん。馬鹿だから従うじゃなくて、従うから馬鹿なのよ。貴女もっとできる子だと思うのだけれど。」
・・・私が目を付けたのだから。
そう言い加えることはしなかったが、れいこはすみれを見てほほ笑む。やはり、すみれはその微笑みにどうも弱いらしく、目線をきょろきょろさせながら、結局下を向いてしまう。
仕方がないと、れいこはまた顎を自分に引き寄せて耳元で囁く。
「すみれちゃんに会えないと、寂しいの。私。」
「あ・・・。」
「会いに・・・来て?」
吐息まじりで耳元に息を吹きかけるように言うと、すみれはびくっとして飛び上がった。
「ひ!ひゃっ!?」
そして、せっかく拾った書類が全て落ちてしまう。
これにはさすがのれいこも呆れたが、純粋な生娘だからそうなったということにして興奮に変えておいた。
すみれはすみれで、度重なる失態で今にも声を出して泣いてしまいそうである。
ぐっとこらえているので心なしか顔がいつもより不細工に見える。
れいこが、ここでできる最善の言葉と行動を模索していると、すみれのほうから声をかけてきた。
「れいこさん・・・。私・・・本当は、れいこさんに会いたいです。なおの言うこと聞かなくても大丈夫ですか?私のしたいことしても許されますか?」
「勿論よ、貴女はそれを私に許されているのだから。」
「今まで、ごめんなさい。れいこさんは私を許してくれますか?」
じっとすみれが見つめる。少し瞳を潤ませて。
あぁ、この目!!なんていう目をするのだろうこの子は。
だからこの子が欲しいのよ。
「許すに決まってるわ。また一緒にお茶しましょう。」
「れいこさん・・・!!」
すみれの目にまた輝きが戻る。
こういう目も嫌いではない。れいこは満面の笑みである。
「あ、あの・・・でも、なおには・・・内緒にしておいてくださいね。」
この子はどうしてそこまで荒牧なおのことを気にしているのだろうか。
そこまで過保護なのかしら。
疑問ばかりであるが、れいこは微笑んで「わかったわ。」と返したのである。
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