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第十四話
それから数日。
すみれは放課後、寮へ帰ろうとしていた。なおは、図書館で調べ物をするから今日は遅くなるという。
一人で留守番というものはあまり好きではない。
半ば不貞腐れながらすみれが歩いていると、遠くから見知った顔の生徒が近づいてきた。
「・・・山代・・・先輩?」
やって来たのは、みちるである。
みちるはにこりと笑うとすみれの手を取った。
「ミカエル様が貴方をお呼びよ。」
「れいこさんが!?」
それを聞いたすみれは嬉しくて嬉しくて満面の笑み。
れいこさん、今度は一緒に何をしてくださるのかな。
すみれは、そう思っていろいろ想像する。
一緒にお茶会。一緒にお勉強。一緒に踊っても下さるかな。
何でもいい、何でも一緒にできるなら彼女は嬉しかった。
幸いに今日は、なおも遅くなるという。気兼ねすることなくれいこの元に行けるし、すみれにとっては万々歳な状況であった。
だが、そんな様子は全てみちるの気に障る。
今に見てなさい。
そんな感情を持ちながらも笑顔ですみれの手をさらに引っ張った。
「悪」になるとやはり誰かを騙すことがうまくなるのであろうか。
すみれはというと、そんなみちるの企みを全く知ることなく、終始笑顔である。
「ミカエル様は、薔薇園でお待ちよ。」
「薔薇園!!」
薔薇園はすみれにとって特別な場所だった。
いつも踊りを練習する場所。
そして、れいこに初めて会った場所。
もしかしたら、れいこさんはその時のことを覚えてくださっているのかしら。
すみれの期待は膨らむばかりである。
何も知らないで。
薔薇園。
すみれはきょろきょろと見渡す。しかし、れいこの姿はどこにもない。
「あの・・・れいこさんはどこに?」
「ミカエル様なら、あちらよ。」
みちるは、すみれの手を引っ張り薔薇の生い茂る庭園の奥へ奥へと誘う。
道という道はない。
薔薇の茂みをかき分け身体をすりぬけ、花弁を散らして進む。
むせかえるほどの香りを散らせながら。
暫くして、薔薇に囲まれた小さな空間にたどり着いた。
手が痛い。
すみれは手の甲を見ると、どこかで薔薇の棘で引っかいたらしい。血が一筋流れていた。
「あ・・・。」
すみれがその血を見て驚いていると、みちるは高圧的な笑みをこぼして言った。
「ミカエル様に手当てしていただいたら?」
「れいこさんに?」
すみれはじっと、みちるを見た。
するとみちるは、今度は恐ろしい顔に変わっていてすみれはどんどん不安になる。
「いらっしゃれば・・・の話だけどね。」
「どういう意味・・・ですか・・・?」
次の質問に移る前にすみれはみちるに思いっきり頬を叩かれた。
「きゃっ!!ど、どうして?」
頬を抑えながらじっとすみれが見つめる。少し瞳を潤ませて。
あぁ、この目!!なんていう目をするのだろうこの子は。
だからこの子が憎いのよ。
悪魔の目!
みちるはもう一度、すみれの頬を叩くと彼女を思い切り突き飛ばした。
すみれは思わず尻餅をつくようにして倒れてしまう。そして、また目に涙を溜めながらじっとみちるを見る。
「泣きたければ泣くといいわ。私がそれ以上にどれだけ泣いたのか知らないくせに!貴女の涙なんて、全部ミカエル様を騙すための流す醜いものよ!!私は貴女のせいでミカエル様に見捨てられるのよ!今まで!今まで!!私はどれだけミカエル様のことを想っていたか知らないくせに!!何も知らないくせに!!!」
「そんな・・・!違います!!そんなことしていません!!それに先輩のこともれいこさんはちゃんと見ていらっしゃいます。先輩のことを嫌いになったなんて、そんな・・・。れいこさんが・・・そんなこと決して・・・。」
「気安くれいこさんなんて呼ばないで!!」
そう言うと、みちるはそばにあったバケツの水を思いっきりすみれにかけた。
「きゃっ!!」
みちるは片方だけ口角を上げて笑う。
まるでいつかのれいこのように。
「れいこさん・・・。れいこさん・・・。」
全身が濡れていて判別はつかないが、すみれは泣きながら何度もれいこの名前を呼ぶ。
「泣いたってこない!どれだけ泣いても貴女のれいこさんは助けに来ない!!」
もう一度すみれを叩こうとした時。みちるは凍りついた。
背後でよく知った声が聞こえたからである。
「私が、何ですって?」
みちるの背後には腕を組みながら、嫌悪の目で彼女を見下すれいこが立っていた。
れいこは、みちるを突き飛ばすと真っ先にすみれに駆け寄った。
そして、真っ赤になったすみれの頬を何度も撫でる。
「大丈夫?すみれちゃん。痛かったわよね。冷たかったわよね。ごめんね。すみれちゃん。」
「れいこさん・・・。」
れいこはすみれの頭を撫でるとさてと、と立ち上がった。呆然と彼女を見つめるみちるに近づく。
「どうしてここに?という顔ね。貴女を探していたの。他の子に聞いたら、すみれちゃんと薔薇園に向かうところを見たって。それで来たの。そしたら、これよ。」
みちるは恐怖のあまり、するすると座り込んだ。すると、れいこもしゃがんで彼女に向かってにこりと微笑んだ。
「こんなことしなければ、私は貴女を呼んで一緒に帰っていたのに。貴女はそれを自ら壊したのね。馬鹿な子。」
そして、みちるの顎を引き寄せると至近距離で吐き捨てるように言う。
「私ね、他人を陥れて虐める子って嫌いなの。人を傷つける子って最低だと思わない?私、そういうことする子、一番嫌い。知っていた?そういう子は神様から罰が下るのよ。」
「ミカエル様・・・っ!ごめんなさい・・・私、ミカエル様のことを想って。だから。」
「何言っているか聞こえないし、わからない。」
そう言ってれいこが手振り上げようとすると、すみれが大きな声で静止する。
「やめてください!れいこさんはみんなのミカエル様なんです・・・。それなのに、私は・・・少し仲良くしていただいただけで・・・やっぱり、私は馬鹿なんです。」
「すみれちゃん・・・。」
「それに・・・。私は優しいれいこさんが好きなんです。きっとみんなもそうです。」
顔をぐしゃぐしゃにしてそう訴えるすみれを見て、れいこは我に返った。
虐めて人を傷つけるのは大好きだけれど、ここではまずい。
「ごめんなさい。すみれちゃんが心配でつい。私が一番怖がらせてしまったわね。」
そしてれいこはすみれの手を引っ張り立たせてあげた。
「・・・いたっ!」
れいこが手を取った所が丁度薔薇で怪我をしたので、すみれは少しびくりとした。それにれいこは気づくとその手をじっと見て顔を近づけた。
「怪我しているのね。薔薇でひっかいちゃったのかしら。可哀想に。」
れいこは、手の甲の傷にキスをする。そして血を拭うように舌を這わせた。
すみれの甘い甘い血を味わうように。
それに驚いてすみれは手を反射的に離してしまった。れいこは、何もなかったかのように再び彼女の手を取ると「さあ、行きましょう。」と肩を抱き寄せた。
そしてみちるとすれ違う時、れいこは彼女だけに聞こえるよう小声で囁く。
「すみれちゃんを虐めるのは私だけでいいの。」
みちるは、驚いて過ぎ去るれいこを振り返ってみた。れいこは優しい微笑みで返す。
「ごきげんよう。山代さん。また会いましょう。」
みちるの心の音が早くなる。恐怖で。
そして、またれいこの心の音も早くなっていた。歓喜で。
濡れた全身から雫が落ちつづけるすみれは誰よりも艶やかで。小刻みに肩を震わせるすみれは誰よりも可愛く。意気消沈したすみれの表情は誰よりも。
滅茶苦茶にしたくなる。
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