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第六話
可愛い、可愛い、徳島さん。
何して遊ぼうかな。
何をしたら悦んでくれるかな。
純粋なあの子が乱れたら、どんなに可愛いだろう。
可愛い、可愛い、徳島さん!
れいこはそんなことを嬉しそうに考えながら、温室で紅茶を嗜んでいた。
この学院の温室は、温室というには広く、草木や花々が美しく管理されており、普段の学院生活の騒がしさから逃れてゆっくりとできる場所であった。
いつからか、テーブルや椅子が置かれ、ご丁寧なことにお茶のセットまで置かれている。(この管理は誰ともいわず下級生の役目になっていたのだが。)
まさに女生徒たちの憩いの場となっていた。
そして、そこにくれば大体、学院の「王子様」「お姫様」「大天使様」と出会えるので、下級生たちもこぞって通っていたのである。
れいこもそこに癒しを求めに来る「大天使様」の一人で、よくここで休んでいた。可愛い子品定めも兼ねて。
「・・・様、ミカエル様!!」
「え!?」
れいこは、ハッとして現実にようやく戻る。
するとそこには一人の愛らしい少女が立っていた。
小柄な背丈。髪型は腰までのポニーテール。ドングリみたいな可愛い瞳。
彼女の名前は山代みちる。高等部二年。
簡潔に説明すると、れいこの雑務係。悪くいえば下僕。
れいこの信奉者で、れいこが目をつけて以来ずっとそばに置き、あれをしてだのこれをしてこいだの散々と使っていた。勿論、とびきり優しく甘い言葉でお願いはしているのだが。
そばに置いておくからには、れいこのお眼鏡にかなう容姿をしているのであるが、彼女にとってみちるは完全に欲望の対象外であった。ただの可愛い小間使いとしか認識していない。
みちるは誰よりもれいこの側にいて誰よりも彼女を慕っているのに、誰よりも願いは叶わない。
ゆりに言わせれば、生殺しされている可愛い子うさぎちゃんとのこと。
れいこはそれを聞いて、
いいわね!まさにそれよ!
と腹を抱えて笑っていた。彼女は全くどこまでも歪んでいる。
「どうしたの?山代さん。」
「ケーキが食べたいとおっしゃっていたのでお持ちしたのです。ミカエル様こそ、どうなされたのですか?ずっと上の空でしたよ。」
そう言って、みちるはケーキの入った箱を取り出した。おおよそ、そのようなことをしているクラブに無理を言ってもってきたのだろう。
みると、そこにはショートケーキとチョコレートケーキがそれぞれ一つずつ。
「二つあるじゃない。どうしたの?」
「ミカエル様がどちらを選ばれるか決めかねて・・・二つ頂いてきました。」
決めかねて・・・って、それくらいわからないの?本当に使えない子!
内心は苛立ってはいるが、顔は極上の笑顔。
「さすが、山代さんね。私のために考えてくれたのね。」
れいこは、みちるの手を取って微笑む。
「でも、さすがに二つは食べられないから・・・どうしようかしら・・・。」
そうだわ!私と一緒に食べましょう。
もしかしたら、そう言ってくださるかもしれない。
みちるは、持ってはならない期待をしながられいこに話しかけようとする。
それと同時にれいこは目を大きくして何か思いついたようである。
「そうだわ!一緒に食べればいいのよ!」
「ミカエル様・・・っ!」
みちるは嬉しくて満面の笑みになるが、次のれいこの言葉で一気に突き落とされた。
「徳島さんよ!徳島さんを誘えばいいんだわ!!ね、山代さん。1年B組の徳島さんを呼んできて。」
「え・・・と、徳島さん?」
「そうよ、私が行くとまたびっくりしちゃうから・・・。お願い、早くここに連れてきてちょうだい。」
みちるは予想外もいいところの答えを受けて戸惑うばかり。
だが、れいこの言うことは絶対である。
「わ・・・わかりました。B組の徳島さんですね。ここに連れてきます。」
「ありがとう。いい子ね。」
そう言うと、れいこはゆっくりとみちるの頭を撫でてあげた。
まるで、ペットの子うさぎちゃんを扱うように。
暫くして。
みちるは不服ながらも徳島すみれをれいこの元へと連れてきた。
すみれは急に知らない先輩に温室に連れていかれ頭がパニックである。
しかも呼び出した主は、れいこときた。
もう何が何だか頭が追いつかない。
「こんにちは、徳島さん。」
「あ・・・あの・・・急に・・・どうなされたのですか?私なんかを呼び出して。」
「あら、嫌だった?」
すみれは、スカートをぎゅっと握り締めながらもごもごと小声で答える。
「嫌ではないです・・・。ただ・・・でも、私なんかに・・・。」
れいこは、すみれの手を取ると椅子に座らせた。そして耳元で囁くように言う。
「私なんか・・・なんて言わないで。貴女は充分に素敵よ。」
「そんな・・・。」
「それよりね、私、今日は徳島さんとお茶会しようと思って呼んだの。ほら、ケーキもあるのよ。ショートケーキとチョコレートケーキ、どちらがいいかしら。」
そう言ってれいこは、さも自分が用意したかのようにケーキを見せた。
「え!?ケーキ!?私、ショートケーキがいいです!!」
急に目を輝かせ珍しく大きな声で言うものだから、れいこは少し面食らった。
そんなれいこに気づき、すみれは、ハッとして自分の言動を恥じる。真っ赤な顔をしてまた下を向いてしまった。
「す、すみません・・・。つい・・・。」
「ふふふっ!面白い!!」
れいこは、思わず声をあげて笑ってしまった。
どうやら、この子は食べることが好きらしい。
れいこはそれが意外で逆にもっと気に入ったのである。
「徳島さんは、ケーキが好きなのね。」
「・・・すみません。私・・・なんて失礼なことを・・・。ミカエル様の前で・・・こんなこと・・・。」
「いいの。可愛いから。どうぞ、食べて?」
先ほどの行動を反省しているのか、ケーキを受け取ろうとする手が行ったり来たりしているが、ついに我慢できなくなり、謝りながら「いただきます。」とすみれはケーキを受け取ったのである。
そんな姿に、れいこはもう可愛くて可愛くて仕方がない。
ケーキを食べる姿は、猫というよりまるで犬みたい。表情がすぐ読める。
意外に単純な子ね。
この子、躾ければ従順な子になるのかしら。
おあずけしたらちゃんと待てるのかな。
そういうことは嫌がるのかな。
猫みたいに気を逆立てて怒るタイプかしら。
どっちにしろ私にとって彼女は魅力的で・・・。
「美味しそう。」
「え・・・?」
不意にそう言われ、すみれがれいこの表情をうかがうと、れいこはにこりと微笑みかけた。
「徳島さんが、あまりにも嬉しそうに食べるから。つい。」
「ご、ごめんなさい。」
「いいの、謝ることじゃないわ。」
あの!じゃあ、このケーキ!半分こしますか?
すみれはそう軽率に言おうとして、慌てて口をつぐんだ。そしてまた恥ずかしくなる。
相手は、なおではなくミカエル様なのに。なんて自分は馬鹿なのだろう。
すみれは、ほとほと自分に呆れ、そして情けなくなってしまった。
じっとれいこを見ると、ゆっくりフォークを置いた。
「やっぱり、ミカエル様は私といるべきではありません。私は馬鹿な人間だし、踊ることしか能がないし。価値がないんです。だからきっと、ミカエル様の品位を落としてしまいます。自分が情けなくなる一方です。呼んでくださって、すごく嬉しいのですが、もう、これきりにしてください。」
だが、れいこはそんなこと言われても、どこ吹く風。自分を卑下するすみれの姿はむしろそそられる。
すみれの言葉をかき消すようにどんどん彼女に話を持ち掛けた。
「それは、とても変な話ね。私は、私が気に入ってるから貴女を呼んだ。なのに貴女は自分が価値がない、情けないと自ら言う。じゃあ、回り回って私が価値のない人間が好きみたいじゃない?貴女が自分を卑下するほど、私の品位は落ちるのだわ。」
「そ、それは・・・。」
「何度も言うけど、貴女は素敵よ。」
すみれはまた黙ってしまい下を向いてスカートをぎゅっと握りしめる。
恥ずかしさが余るとそうしちゃうのかしら?
それとも、困り果てるとする仕草なのかしら?
れいこは畳みかけるようにすみれに話しかける。
「そうだわ!徳島さんって言うからよそよそしく感じるのね。貴女のこと、すみれちゃんって呼んでいい?」
「え・・・?えええっ!?」
全く思ってもいない展開に、すみれはスカートを握ったまま手を振り上げる。
「見えちゃうわよ。」
「きゃっ!!」
慌てて手を離すと今度はテーブルの上のお茶をこぼしてしまう。
「あら。」
「すみませんっ!!すぐに拭きます!!」
すみれがそう言うや否や、れいこは手を挙げて雑務係を呼ぶ。
「山代さん!すぐにテーブルを拭いて頂戴。」
2人のやり取りをずっと怪訝そうに後ろから見ていたみちるは急に呼ばれて驚く。しかし、もっと驚いたことは、この訳の分からない年下の無礼な女の後始末を命令されたことである。
この女は、さっきからミカエル様になんて失礼なことをしているのだろう!
何もかもがみちるの気に触る。
とはいえ、やはり・・・れいこの言うことは絶対である。
みちるは唇を噛み締めながら「はい。」と絞り出すように答えた。
みちるがせっせとテーブルを拭くのを見ながら、すみれは彼女にも頭を下げる。みちるは、余計にそれが癇に障った。だがそれを尻目にれいこは話を続ける。
「すみれちゃん、可愛い響き。やっぱり、そう呼ばせてもらうわ。いいわよね?」
「あ・・・その・・・。」
「嫌?」
すみれはまたスカートを握りしめた。だが今度は彼女はほのかに頬を赤く染めている。
「嫌では、ないです。ミカエル様に名前で呼ばれて・・・嫌な気持ちになる子なんていませんから・・・。」
「ありがとう、すみれちゃん。」
優しい眼差しで見つめられ、すみれは恥ずかしいを通り過ぎて泣きそうである。
れいこは、こんな笑顔を簡単にできる。どんなに性格が悪かろうが、この美貌が魅せる鉄壁の笑顔で彼女は全てのものを手に入れてきた。
彼女は自分の表面上の感情をいとも容易く操ることができるし、他人の感情もまた同じだった。
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