第一話

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第一話

犬飼れいこが徳島すみれという女の子を初めて認識したのは、れいこ中等部三年、すみれ中等部一年の桜舞う4月のことだった。 すみれは、まだあどけない笑顔で、女子だけという特異な花園に初めて足を踏み入れた。 おろしたてのセーラー服。まだそれに少し違和感を覚えているのか、袖やスカートの裾を引っ張っては、何度も身なりをチェックしている。 ロングの美しい黒髪に透けるような白い肌。猫のような釣り目。背もモデルのように高くすらりとしており、新入生の中でも一際目立つ存在と容姿である。 かくいう、れいこも彼女に目を奪われた一人であり、その瞬間はまるで時間が止まったような感覚に陥った。 一瞬、れいこと目が合うとすみれは、恥ずかしそうに微笑み、すぐ目をそらしてどっかへ行ってしまった。 なんて愛らしい子だろうか。 しかし、れいこにとってその時、彼女をどうにかしたいというやましい感情は一かけらもなかったし、ましてや「恋」という感情には到底及ばないものであった。 そのような出会いから、勿論何の進展があるはずもなく。 時は過ぎ去り、れいこは高等部三年に、すみれは高等部一年へと成長していった。 「ミカエル様よ!!」 「なんて美しいのでしょう!」 170cmはあるだろう身長に細身の身体。目元は涼やかでいて優美。上品な口角で微笑む口元には、どこか色っぽい。ショートカットではあるが、決して少年のそれではなく、言うなれば、「王子様」。 犬飼れいこは、学園の誰もが憧れ、そして羨む美貌を持った女性へと成長を遂げていた。 彼女が学園内を歩こうものなら、乙女たちのため息交じりの声が飛び交う。 彼女が微笑み返そうものなら、乙女たちは顔を覆いよろめく。 彼女が話しかけようものなら、乙女たちの手は震え言葉を失う。 れいこは、この聖ミシェル学院の「お姫様」ならぬ「王子様」そして「大天使ミカエル様」となり、すべてを思うように手に入れてきた。 ここで少し補足をすると、れいこの通う聖ミシェル学院は、全寮制中高一貫のミッション系お嬢様女子学院。 この閉鎖的かつ特異な女学院の中で13歳から育った女学生たちは、男性に魅せられることがない代わりにその憧れを同性の上級生に求めるようになっていく。 それ故、れいこのように美しく完璧で、いかにも漫画に出てくる王子様のような身なりの女性を見ると、恋心に似た思慕の念を抱くのであった。 彼女の人気ぶりは、先輩そして王子様を超え「大天使ミカエル様」と呼ばれるようになっていた。ミッション系学院に通う女学生にとってそれはこの上ない敬意ある呼称なのだろう。 そう、誰よりも美しく聡明なれいこは、この学院において全て欲しいものを手に入れることができた。 彼女に手に入らないものはなかったし、事実、望んだものはすべて手に入れてきた。 地位も名誉も人間も。 学園の大天使様、れいこは外見が美しいのは勿論のこと、誰よりも気高く、優しく、清らかな心の持ち主。 決して、内外共に醜く、非道で、不道徳であってはならない。 だが、やはり彼女は人間であり、他人がミカエル様と崇めたところで決して天使ではないのだ。 「貴女って本当に最低な人間ね。」 薄暗いれいこの寮室。透き通るような声の主はれいこの耳元で囁いた。 れいこがゆっくりベッドから起き上がると、一糸まとわぬ姿で横たわる女性が見下したようにれいこを見つめていた。 絵に描いたような綺麗なアーモンド形の瞳に長い睫毛。ウエーブのかかったやわらかい長い髪。唇は熟れた果物のように艶やかで甘い。 その美しい彼女に誘われたら断れる男性などいようか、それは女性でも同じだ。 「それってどういう意味よ。」 不服そうにれいこがそう言うと、彼女は嫌味な笑いをする。 「貴女の顔はこの上なく美しいけれど、心はこの上なく醜いってことよ。」 なおもクスクス笑う彼女にれいこは嫌味返しをする。 「そんな私と寝ている貴女も相当最悪だと思うけれど?大天使ガブリエル様が聞いて呆れるわね。」 「嫌だわ、そこら辺の女の子と一緒にしないで頂戴。私と貴女は寝るだけの関係であって、それ以上は何でもないのよ。馬鹿にしないでよね。」 この嫌味を言い続ける美しい女性の名は、早見ゆり。 れいこと同じく学院の女生徒の羨望の眼差しを受ける一人で通称「大天使ガブリエル様」。とはいえ、彼女は「王子様」ではなく「お姫様」ではあったが。 「どうだか?」 そう言い返すれいこは知っている。 ゆりが誰よりもれいこの顔を好きなことを。 彼女は、れいこと同じく自分の容姿を武器にしているし、プライドも同じくらい高い。 だから、そんな真実をれいこは言うつもりはなかった。 れいこは制服を着なおすと、鏡を見てほほ笑んだ。 今日もいつ何時も美しさに限りはない。完璧な私。 「なあに?鏡なんて見て気持ちの悪い。」 「うるさい。私出かけてくるからね。」 「もうすぐ暗くなるのに?ていうか、私を放っておく気なの!?」 なおも文句を言い続けるゆりに背を向けたまま手を振りながられいこは自室を後にした。
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