序章

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序章

“かつて私が激しい苦しみの中で蒙ったすべて、 私を恥辱と屈辱の中で苦しめたすべて、 甘美きわまる復讐がそれらをすべて償ってくれるでしょう!” か ニーベルングの指輪 ヴァルキューレ第一幕より 序幕  世界のはじまり その昔、この世界にディアティスタンとヴァルティという二つの種族があった。 ヴァルティという種族は自然と密着した種族で、自然の力を借り自由に扱えることができた。それに対して、ディアティスタンはいたって普通の人間であり、彼らのような力は使えなかった。その代わりに彼らは、錬金術という独自の化学技術を発達させていったのである。 この異なる力と思想をもった二つの種族は互いに仲良くできるはずもなく、次第に別れて暮らすようになり、それぞれが国をつくった。 その結果、様々な国家はあるが、世界は大きく分けて三つの地域から成るようになった。 ディアティスタンたちの国があるディアトス、ヴァルティたちの国があるヴァルティマ、そして両民族が共存する中立の地ユーエンである。 地域が明確に分裂しはじめたころから、ディアティスタンとヴァルティの仲は一層悪くなり、水面下で国家間が争うようになっていった。 さて、ディアティスタンたちであるが、彼らは常々ヴァルティの力を羨ましく思っており何とかして自分達もその力を手に入れたいと考えていた。ディアティスタンの錬金術者たちはその魔法のような力を我が物にせん為、長年研究をしていた。そしてついに彼らは“賢者の石”たる石を創り出すことに成功する。 この石を持つことにより、ヴァルティには劣るもののディアティスタンも“力”を使えるようになったのである。ただ、この石もさすがに万能ではなく、持つ人を選んだ。使用者の体質や遺伝的なものなども大きく関与しているらしく、すべての者が“力”を使えるというわけではなかったのだ。また、“力”を使えたとしても、その“力”を使用する際に呪文とでもいうのだろうか、イメージを増幅させて力を発動させるための文句(人によってイメージは違うので文句も皆それぞれ違う)を言わなければならなかった。 このように多くの難点を抱えているもののディアティスタンは、ヴァルティとほぼ同等の力を手に入れた。 かくて、“力”を使える者の登場によって、ディアティスタンの中でも二種類の種族に分けられるようになる。“力”の使える者はネオディアティスタン、またはネオと呼ばれ“力”の使えないものたちよりも重要視され、特権階級などに大きく台頭していく存在となっていったのである。 ネオの誕生により、ディアトスとヴァルティの関係は一気に悪化した。両国はかねてより冷戦状態にあったのだが、このことでついに本格的な戦争が勃発するに至ってしまったのだ。 数で勝るディアティスタンと力で勝るヴァルティ。この両者の争いが簡単に終わるわけもなく、戦争は長期化していった。 戦争が泥沼化していく中でヴァルティマは、ある計画を推進していた。それは元始ヴァルティの再生であった。 いくら力を持っているヴァルティといえども、世代交代を繰り返していると力は劣ってくる。ヴァルティマの錬金術者たちは、偉大な力を持つ純血のヴァルティを蘇らせんとした。そして幾度重なる失敗を経てついに元始ヴァルティの誕生を成功させたのであった。 この世で唯一のヴァルティオリジナル、最も力を持った人物、彼女はエルダと名付けられ、ヴァルティマの最高権力者ゲオルク・トワロ・ヴァルハラ公のもとで育てられることとなった。そして彼女はそこで完全をより完全にするための徹底した教育を受け、その力をゆるぎないものとしていった。 エルダが十八になった時、彼女はゲオルクの孫であるリヒャルト・ヴェルゼ・ヴァルハラと出会う。そしてゲオルクから彼と婚約するよう言われたのだった。 しかし、その時婚約は成立することはなかった。 それはエルダがユーエンを訪問した際のこと、彼女を拉致すべくディアトスの軍勢が中立国では争わないという法を犯して攻めてきたのだった。 不意打ちとあって反撃するもむなしくエルダはディアトス側の捕虜となってしまったのである。 最大の武器であり、ヴァルティマの民衆の心を一つに統率する存在であったエルダを奪われてしまったヴァルティマはひどく困惑した。有力者達による会議が幾日も続きそしてその結果、ヴァルティマはついに決断を下す。 エルダを見捨てることにしたのだ。 彼女を捨て、代わりに予備軍として育てられていたブリュンヒルデという少女を戦力に立てることにしたのだった。エルダに比べ力は劣るものの彼女は予備軍である九姉妹のなかでは最も強く、一番エルダに近い存在であった。 一方エルダは、自分が見捨てられたと知り絶望する。ヴァルティマのために生きてきた彼女がヴァルティマに捨てられたのである。存在理由を失い、エルダは深い悲しみにくれた。悲しみと屈辱の中で彼女は死すらも考えた。しかし、そんな時一人の人物がエルダの前に現れた。その人物は、エドガー・オースティンというディアティスタンの青年で、絶望の淵にいるエルダを励まし続けた。ディアティスタンということもあり、最初は嫌がっていたエルダであったが次第に心を許していく。彼の支えにより彼女は何とか立ち直り、そしていつしか二人は互いに愛し合うようになっていった。 そんな折、エルダはある決意をした。 それは自分がディアトス側につき、自分を裏切ったヴァルティマを滅ぼすということだった。 ディアトス側もブリュンヒルデ、そしてヴァルティマに対抗するために彼女を迎え入れた。こうしてエルダは正式にディアトスの軍勢に加わったのであった。 戦火は益々激しくなり、ついにディアトスとヴァルティマが雌雄を決するときがきた。 ルダとブリュンヒルデの一対一の決闘も行われた。そして激闘の末、エルダが勝利した。 それはつまりディアトスの勝利を意味していた。 ディアトスが勝利し、長き戦乱の世は終わった。しかしこの戦いによりエドガーは命を落としていた。こともあろう、リヒャルトの手によって殺されてしまったのだった。 そのことを知ったエルダは、ひどく傷ついた。しかし、彼女はにこりと笑ってリヒャルトに“今度こそ結婚しましょう”と婚約を申し込んだのだった。 それは、彼女の幸せの第二幕なのか、はたまた復讐の第二幕なのか、この時点では彼女を除いては誰一人として知る者はいなかった。 ディアトスが勝利してから世界は大きく変わった。 ヴァルティが統治する国はなくなり、代わりにディアティスタンが統治する国が五つ(ディアトス、ユーエン、イラ、マルス、エヴァンズ)誕生した。 また、ヴァルティの扱いであるが、すべてのヴァルティに対して能力制御具(これをつけることによりディアティスタンと同じ能力になる)の装着を義務化した。表向きには、皆、平等であると唱えてはいたが、ヴァルティとディアティスタンの立場は一転し、ヴァルティは最も蔑まれる人種となっていた。そして、ネオが今や最も憧れるべき人種になったのである。 一方、エルダはというと、ディアトスの女王となっていた。ただ、女王と言ってもディアトスは例外ですべての権力を掌握する立場ではなく、一種のシンボル的立場であったが類希なき統治能力、天性のカリスマ性を持ちえていた彼であるので、しばしば政治の世界に顔を出していた。 そしてプライベートの方はというと、彼女は望み通りリヒャルトと結婚していた。リヒャルトの祖父は、ヴァルティマの最高権力者であったのでエルダ(ディアトスの代表)と結婚することは、平和・和解の象徴であると皆から歓迎され祝福された。 ちなみにエルダは戦争終結の直前にエドガーとの子を身籠っていたらしく、その後無事に男児を出産しジークフリート・ヴォルフェと名付けた。それから二年後、今度はリヒャルトとの子をエルダは儲け、名をジークムント・パルジファルとした。 すべては順調に進んでいるように見えたのだが、ただヴァルティは短命種である。エルダはその上さらに純血であったので、そう永くは生きられない運命にあった。 そして長男ジークフリートが十三歳のある夏の日、エルダは三十七歳という若さで永遠の眠りについた。 彼女は薔薇の恋人と謳われたほどの絶世の美女であったが、晩年はいくつもの病を併発し、精神のほうも病んでいたので最期の姿はそれとは程遠いひどいものであったという。 さて、これからの話の舞台はエルダの死から四年後、エルダとエドガーの子であるジークフリート・ヴォルフェ・ヴァルハラが十七歳になった世界である。 戦争が終結して世界は大きく変わったが、エルダの死後からもまた世界は少しずつ変化していた。 その変化したうちの一つがヴァルハラ家だろう。ヴァルハラ家は今、“新しいヴァルハラ家”と呼ばれ、いつも皆の話題の中心となっていた。 “新しいヴァルハラ家”とは、エルダの死後リヒャルトが旧ディアトスの十代表のうちの一人であったエドモンド・ウェーバーの一人娘サラを正室に迎えたことを言う。 ちなみにリヒャルトはジークムントが誕生した翌年にサラを側室として迎えており、彼女が側室となった二年後には子供も儲けていたのだった。 エルダは、ディアトス側についたとはいえ、元はヴァルティである。人々は歓迎しながらも、ヴァルティ同士で成り立っているヴァルハラ家には、どこかなじめないところがあった。しかし、サラは生粋のディアティスタン(しかもネオ)である。エルダが亡くなりサラが王家の正室となったことで人々は皆こぞってこの新しいヴァルハラ家を歓迎した。 またリヒャルトとサラの仲はというと、政略結婚であったのだがそうとは思えないほど睦まじいものであった。  そんな幸せなヴァルハラ家を民衆達は敬愛しており、まさに彼らは国の象徴、世界の象徴であった。皆、この王家を快く思っていたし、戦乱のない今の世に満足していた。 ・・・・・・一部の人を除いては・・・・・・。
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