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 カシャン……。  それはとても小さな音だった。  真っ白な部屋の中に広がる、とても乾いた哀しい音――。  純白な光の中で僕は何が何だかさっぱりわけが分からなくなっていた。  どこまでが現実で、どこまでが夢なのか。  そう。  これはきっと夢に違いない。  美里(みさと)が今、こうしてここに横たわっているなんて。 「美里」  呼びかける声は行き場を見つけることができなくて、ただただ僕の周囲を彷徨(さまよ)うばかり。  僕にはその声が(あお)みを帯びているように思えた。  鬱蒼(うっそう)とした森に波紋を広げながら息づく、深い深い湖の蒼に――。 「美里。昨日はあんなに元気だったのにね」  蝋人形のように美しく白い肌。  白紙の上に朱色のインクをポツンと一滴たらしたような愛らしい口唇。  そのどれもが先日までとさして変わらぬ雰囲気をかもし出しているというのに。  彼女は答えない。  僕の呼びかけに……。
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