文字が降る街

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   佐々木のメッセージカード作成から、早くも三か月が経ったある日。  悠太は作成所のポストに、一通のエアメールが入っていることに気づいた。送り主は佐々木だ。 「師匠、佐々木様から手紙が!」  悠太からエアメールを受け取った加賀美は、封を開け中の手紙を読む。 「なんて書いてあったの?」 「メッセージカードの感謝と、小夜子様が亡くなったそうだ。でも、幸せな最期だったと。確かに二十年も生きれば、大往生だな……彼女との写真も入ってるが見るか?」 「え、見る見る!」  加賀美に渡された写真には、佐々木とその胸に抱かれた黒猫が写っていた。黒猫の目は不自由なのか閉じられ、首に赤いリボンをつけている。 「師匠。佐々木様しかいないよ」 「ちゃんと、いるだろう? 抱きかかえられた小夜子様が」 「小夜子様って、猫だったの!?」  ビックリ仰天した悠太を見て、加賀美は大笑いし始めた。 「あははははは! やっぱり、気づいていなかったか」 「だって!」 「思い出してみろ。一度でも佐々木様が小夜子様を、人だと表現したか?」  悠太は思い返したが、一度もなかった。けれど、猫だとも言っていなかった。 「でも、言ってくれればいいのに!」 「独身の男が結婚もせず、一匹の猫を愛しているんだ。周りから色々と言われたと、言ってただろう?」 「師匠はいつ気づいたのさ!」 「雪像が、猫になった時」 「え!? あ、そういえば猫の像になったよね」  本当のこと言えば、紙に転写するために文字に形を与えるのなら、丸めて雪玉でもいいのだ。実際、大手作成所の量産型カードは、この手法で作っている。  しかし、ここはオーダーメイドのみ。そのため作成前に依頼人と対話し、贈る相手への想いを共有する。そして、共有した想いを基に雪像を作るのだ。作っている間は一種のトランス状態に入ってしまうので、完成するまで職人にも何が出来るかはわからない。 「俺も出来た時に、『何で猫?』と思ったよ。でも小さなヒントは色々あったんだ」  加賀美は、指折り数えながら述べていく。 「まず目が見えないだけで、メッセージカードを作ろうと思ったこと。耳が聞こえるなら、言葉で伝えればいいだろ? 加えて、『愛している』の五文字だけで、小夜子様には難しいかもしれないと言った。子供ならまだしも、二〇年も生きた人間だったら、そんなことはないだろう。けれど、人間じゃなくて、相手が猫だったら? 色々とつじつまが合う。猫だから言葉が通じるか、不安だったんだろうな。だから、この街の不思議な文字の力で『直接、想いが心に届けばいい』と願ったんだ」 「な、なるほど」 「最後の決め手は、『忘れられないように、三日家を空けないようしていた』ってところ」 「それのどこが、決め手なの?」 「知らないのか? ──『猫は三年の恩を三日で忘れる』っていう、ことわざ。それくらい猫はつれない動物ってことさ」 「へぇ~」 「二〇年の恩を三日程度で忘れるわけもないのにな」  しみじみと言ったのちに、加賀美はニヤニヤと笑いながら悠太に告げた。 「人間みたいな名前だから人、人が愛の言葉を送るのは同じ人だけ──なんて頭が固いうちは、職人以前に人としてまだまだだな」 「別に! これで学んだからいいんだよ!」  そこへ作成所の引き戸が開く。加賀美は立ち上がり、客を出迎えに行った。 「いらっしゃいませ」  ──ここは『文字が降る街』。  今日も心に降り積もった想いを文字にして誰かに届けるべく、人が訪れる。                                                             (終)
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