「一」

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「一」

白い樹木が、地面にしがみ付くように根を張っている。 枝は天をも突き抜ける勢いで伸び、先には奇妙な果実がひとつ――。 白色の殻で包まれた、鳥の卵のようなものを実らせている。 「トウカついにきたぞ!」 言われて、トウカは大きくうなずいた。 人里離れた山の頂きで、この日をじっと待っていた。 じいちゃんは、木を見上げながら、自慢の顎鬚(あごひげ)をなで下ろしている。 トウカもまねて、お下げ髪をなでてみた。(とお)になったばかりの女の子に、髭などあるはずない。だから、髪の毛で我慢した。 育ててきたご神木の実は熟しきり、今にもはちきれそうになっている。 「おっ!」 じいちゃんが声を上げた。 ああ!実に、小さなひびが入った。 もうすぐなんだ! トウカは、くりりと目を大きく見開いて、これから起こることに身構えた。 「よし、わしは、ちょいと知らせてくる!」 じいちゃんは、衣の(つま)を取り、ばたばたと山小屋へ駆けて行く。 「あっ!じいちゃん!」 「なに、大丈夫!ロランを頼んだぞ!」 「え?ロランって?」 「ああ!そいつの名前じゃ!」 わんわんと、じいちゃんの声がこだまする。 ご神木と呼ばれる、大きな木は、トウカの困惑などお構いなしで、ミシミシと音を立て始めた。 いや、実が、孵化しようと、息ぶいているのだろうか。 春。 白い大木に、白い花が咲いた。 八重咲きの花は、甘い香りを放った後、白い殻に覆われた卵のようなものに変わった。 ところが、それは毎日落ちた。結局、ひとつだけ残こり、こうして息ぶいている。 トウカは、奇妙な実のために水を与えてやった。 数ヵ月間、毎日湧き水をくみに、山道を半日かけて歩んだ。 ポン!ポン! 乾いた音が響き渡り、空に狼煙(のろし)が立ちのぼる。 じいちゃんだ。 お役人に知らせたんだ。 先月、街からお役人がやってきて、狼煙を上げる道具をおいていった。 ご神木に何かあったら、それを使って知らせるように言われていた。 狼煙の音に驚いたのか、木がいっそうきしみ始めた。 と、殻が割れ、すとんと、何かが地面に落ちた。 木の根元に、透明の膜に包まれたものがある。 膜の中で、息をしようと何かが体を波打たせていた。 銀色の体毛が目を引いた。まばゆいばかりに輝いている。 突然、ぬめる膜を突き破り、何かが大きく伸びをしながら立ち上がった。 「人?!」 男が銀色の髪を指で掻き揚げていた。 体毛だと思ったものは、地面にまで届く長い髪の毛。 呆然と立ち尽くすトウカの後ろから、じいちゃんの飄々とした声が聞こえた。 「ああ!めでたい!じきお役人が迎えに来る。さあ、おいで、ロラン」 「はい」 ロランと呼ばれて、男は返事をした。 「じいちゃん!」 トウカは叫んだ。 何がなんだかわからない。 実から人が産まれた。 ご神木の実からは、国を守護する龍神様が産まれると聞かされていたのに!
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