「五」

1/2
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

「五」

母屋の南側にある離れで、ユンはいつものように過ごしていた――。 何をするわけでもないが、差し込む日の光に当たりながら、中庭から聞こえてくる鳥のさえずりを聞いたりして、一日を過ごす。 目の不自由な彼には、それしかできない。 「トウカも大変だ」 「え?」 傍らで縫い物をするトウカの手が止まった。 「たまには、休みも欲しいだろうに。里が……恋しいだろう?」 ユンは、少し首をかしげて、トウカを見つめようとする。 昼間なら、まだ、ぼんやりと影のようなものが見える。 「私!里ないんです!心配しないでください!」 「トウカ?」 知られてはならない。 ユジンに言われていた。 この家の生業は、国々を行き来する商人。 ……賊ではない。 ユンは、何も知らない。 これ以上苦しみを与えたくないからと、真実を知らせていなかった。 自分の家族が盗賊であると知れば、どれだけ悲しむだろう。 目が見えない不自由に、さらに、そんな事実がわかってしまえば、ユンは生きる気力すら失うかもしれない。 ユジンは確かに悪人である。 しかし、家族を思う心根はあった。 だから、トウカが無理やり連れてこられたと、ユンが知るはずもなく、どこか田舎から奉公に出てきて、家族のために働いていると思っているのだ。 「ああ!そうだ!本の続きを読みましょう!!」 触れられたくない話題だけに、トウカは、ユンをはぐらかした。 「そうしてくれるかい?」 「はい!」 トウカは、部屋の隅にある書棚から本を取り出した。 挟んである栞を確認して、そっと開けると、書かれてある物語をゆっくりと読み始めた。 「ほおぉ……。仲がおよろしいことで、隅に置けねぇなぁ」 聞き慣れた、だみ声が流れてきた。 「ユ、ユジン様!!」 部屋の入口に、いつの間にかユジンが立っていた。 「兄さん?どうしたの?」 めったなことで、離れに足を運ばないユジンに、ユンもトウカも戸惑いを隠せない。 「トウカ、ちょっとこい」 ただならぬ気配に、トウカは、黙って従った。 離れを出たとたん、ユジンはトウカに向き直った。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!