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「五」
母屋の南側にある離れで、ユンはいつものように過ごしていた――。
何をするわけでもないが、差し込む日の光に当たりながら、中庭から聞こえてくる鳥のさえずりを聞いたりして、一日を過ごす。
目の不自由な彼には、それしかできない。
「トウカも大変だ」
「え?」
傍らで縫い物をするトウカの手が止まった。
「たまには、休みも欲しいだろうに。里が……恋しいだろう?」
ユンは、少し首をかしげて、トウカを見つめようとする。
昼間なら、まだ、ぼんやりと影のようなものが見える。
「私!里ないんです!心配しないでください!」
「トウカ?」
知られてはならない。
ユジンに言われていた。
この家の生業は、国々を行き来する商人。
……賊ではない。
ユンは、何も知らない。
これ以上苦しみを与えたくないからと、真実を知らせていなかった。
自分の家族が盗賊であると知れば、どれだけ悲しむだろう。
目が見えない不自由に、さらに、そんな事実がわかってしまえば、ユンは生きる気力すら失うかもしれない。
ユジンは確かに悪人である。
しかし、家族を思う心根はあった。
だから、トウカが無理やり連れてこられたと、ユンが知るはずもなく、どこか田舎から奉公に出てきて、家族のために働いていると思っているのだ。
「ああ!そうだ!本の続きを読みましょう!!」
触れられたくない話題だけに、トウカは、ユンをはぐらかした。
「そうしてくれるかい?」
「はい!」
トウカは、部屋の隅にある書棚から本を取り出した。
挟んである栞を確認して、そっと開けると、書かれてある物語をゆっくりと読み始めた。
「ほおぉ……。仲がおよろしいことで、隅に置けねぇなぁ」
聞き慣れた、だみ声が流れてきた。
「ユ、ユジン様!!」
部屋の入口に、いつの間にかユジンが立っていた。
「兄さん?どうしたの?」
めったなことで、離れに足を運ばないユジンに、ユンもトウカも戸惑いを隠せない。
「トウカ、ちょっとこい」
ただならぬ気配に、トウカは、黙って従った。
離れを出たとたん、ユジンはトウカに向き直った。
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