「六」

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「あの、その……私、堂者らしいの」 「なんだって?!」 トウカの呟きに、ユンは息を凝らす。 「トウカはさらわれた」 「……それじゃあ、兄さんが」 「返してもらおう。トウカはここにいるべきではない」 戸惑うユンなどおかまいなしに、ロランは訪ねてきた目的を切り出した。 「……トウカには、里がないものだと……思っていたから」 「あさはかな」 見下すような言葉をロランが浴びせた。 「そうですね。私は、何も見ていなかった。この目のせいにして……」 ユンは、つくづく自分がいやになった。 物を知らなすぎるという問題ではない。 そもそも、兄が賊であると知っていながら、どうしてあぐらをかいて暮らしていたのだろう。 「トウカ。行きなさい」 それが、最善なのだとユンは思う。 彼女を縛りつけてしまった罪ほろぼしになるだろう。 そして、少しは、人の役にも立つ。 「ユン様!でも、目が!」 「トウカが来る前は、ひとりだったんだよ?」 ……今まで側にいたのは、何だったのだろう。 ユンの言葉に、トウカの胸は、きりりと痛む。 ……ユンの言う通りだけど、でも……。 「トウカ」 言ったまま、ロランは黙りこんだ。 前にいるのは、あの時別れた少女ではない。たおやかな髪を小さくまとめ、淡い色合いの衣をまとう乙女。 そう、年頃の娘なのだ。 「ああ。すまない。私は神。迷いを見せてはいけない。ここにいなさい。トウカ、この男を好いているのだろう?」 人にはそれぞれ、あるべき姿がある。進む道もある。 前にいるトウカの感極まる表情を見て、彼女の歩む道は、自分とではなく、ユンと共にあるのだとロランは気づく。 正しき道を示してやることこそ、己の務め。 宮殿では、我を通しすぎ、国に混乱をまきおこしてしまった。 そろそろ、神らしきことをしてもいいだろう。 世の中は、十分に見てきた。 もう、飾り物の神ではない。 ──しかし。 指先が妙に寂しい。 手持ちぶたさ以上の孤独を感じた。 トウカ……。 離れたくない。 そうだ、何のために今まで探したのだろう。 (まつりごと)を捨ててまで、さまよったのは、トウカと共にいるためではなかったのか。 生まれる前に感じた、あの安らぎが忘れられなくて……。 でも、私は、もう……。 そうだな。そうだ。 「これを植えるといい。また、会えるだろう」 ロランが、懐から何かを取り出し、トウカに差し出した。 「種?」 差し出されたものは、ロランの髪と同じ色に輝いていた。
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