「六」

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「……トウカに、本当に会いたかったんだね」 ユンが呟いた。 ――彼方の空に、白龍が舞っている。 「え?」 龍は、幾度も屋敷の上をぐるぐる回り、そうして、飛び立っていった。 「トウカがここに来て十年だろう?ロランは、十年も君を思って探していたんだよ」 空を見上げて、初めてトウカは気がつく。 ロランは、戻ってこない。 いや、それどころか、永遠に……会えない。 子供でも知っている。古き神は、消え、新たな神が現れる。 生と死を模したかのような再生の決まりごとは、十二年毎に起こる。 「あれから十年!!ああ!どうしよう!ロランは、あと二年しか!」 「そうか。十二年ごとに守護神は変わる。だから……ロランは、次の神を、トウカに託したんだ……」 トウカは、ロランにもらった種を、握りしめた。 「トウカ。ご神木は、こんなに茂るものなのかい?」 ユンは、かかる陰を確かめるように顔を上げた。 白い樹木が、地面にしがみつくように根を張っている。 もちろん、枝は天をも突き抜ける勢いで伸び、先には、幹と同じ白色の殻で包まれた、鳥の卵のようなものを実らせていた。 「さあ。よくわからないんです。私、じいちゃんの後ろから見ていただけだったから」 トウカは、ロランから受け取った種を、人里離れたこの丘の上に植えた。 生まれ出る神のことを思い、トウカとユンは少しでも景色のいい場所を選んだ。 神が実るご神木を見つけた者は、お役人にいきさつやら、なにやら、問い詰められる。 もしも、トウカがかかわっていることが知れてしまったら、ユジンの素性もわかってしまうだろう。 だが、これだけ里から離れていれば、トウカが植えたのだと、知られることもない。 早く、誰かの目につくように。 いい堂者が現れてくれますように。 そう願いながら、トウカは水を運び、ご神木の世話をしていた。 「そろそろ、みつけてもらわないと。このまま、ロランの世話をする堂者が現れないのも困るわ」 「ロランって?」 ユンが首をかしげる。 「ええ、これは、ロランの生まれ変わりですから……」 トウカは、いとおしそうに、木の幹を撫でた。 答えるように、さわさわと木の葉が揺れる。 「あのね……トウカ。兄さんに、頼んでみようと思っている」 「ユン様?」 突然の改まったユンの口調にトウカは動きを止めた。 「今の仕事から、足を洗ってもらえないか。もちろん、難しいとは思うけど……」 言って、ユンは言葉に詰まる。 確かに、事が事である。 しかも、相手はあのユジン。 いくら弟の言うことでも、そう簡単に願いを聞くはずないだろう。 それに、こうして裕福な生活を送れるのは、皮肉なことに、ユジンの生業のお陰でもある。 ユンが口ごもるのもよくわかる。 できる限り、力になろうとトウカは思う。 「それと」 ユンは大きく息を吸い、何か覚悟を決めたような面持ちで、再び口を開いた。 「トウカの縁談を断ってもらえないかと。私が、嫁にもらいたいから……」 ぽっと染まるトウカの頬を、からかうように風が撫でていった。
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