「一」

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さっきから、じいちゃんは、ほうほうと、ふくろうみたいにうなずいてばかりいる。 腕組をして、まるで愛しい子供か、孫でも見るように目を細め、実から生まれた男、ロランを眺めている。 「よく似合っている。さすがじゃ」 ロランは青い絹の衣を纏っていた。 胸元には丁寧に刺繍が施され、腰に房のついた赤い組紐を結んでいる。 とても高価なものだと一目でわかる代物で、これもお役人がもってきたのだ。 「むさくるしい小屋で申し訳ないが」 「いえ、私はこれで十分です。あとは、水さえあれば」 言って、ロランは、トウカを見た。 「そうかそうか。水が足りんか」 じいちゃんは、ご機嫌で、まだ肩を揺らして笑っている。 でも、トウカはちっともうれしくない。見知らぬ男に、睨まれているのだから。 その時、大鷹が飛び込んできた。 煙突から、暖炉へ転がり落ちたおかげで部屋中、細かな灰が巻き起こった。 ゲホゲホとじいちゃんはむせながら、飛び込んできた大鷹を捕まえると、足に結ばれている皮の筒を取り外した。 「やれやれ、お前、暖炉に火がついていたらどうしてた?丸焼けになっておったぞ」 大鷹は、不思議そうに首をひねっている。 「トウカ、ご褒美の肉」 お役人が、じいちゃんと連絡を取りたいときは、大鷹を使って、手紙をよこす。 なにしろ、ここは山の頂き。人の住む(ふもと)の村へ行くには、一日がかり。 さらに、お役人がいる役所がある街へは、その村から二日かかった。 一日と二日。 つまり、ここにくるだけで、三日もかかることになる。 ところが、大鷹を使えば、半日とかからない。 特別な訓練を授けていて、だから、そんなにも速く飛ぶことができるのだという。 トウカが干し肉を差し出すと、大鷹はいつものように、つるりと飲み込んだ。 「おやまあ。手をぬきやがった。うん。トウカ。仕方ないな。お前が、ロランを連れて行け」 「え?」 役目の終わった大鷹を、窓から放っているその横で、じいちゃんは、とんでもないことを言ってくれた。 「じいちゃん?!ここへお役人が迎えに来るんでしょ?!」 「ああ、そのはずだったが、村で合流しようと言ってきている」 「どうして!」 トウカの叫びに、じいちゃんはびくともせず、大鷹が運んできたお役人からの手紙を、ぺらぺら振って見せた。 「さあ。まあ、この山を登って来るのが面倒なだけじゃろう。ロラン。トウカに着いて行け」 言われて、ロランも眉をしかめた。 「あの、(あるじ)は、あなた様では?」 「トウカが水をやった。お前を育てたのはトウカじゃろ?」 「まだ、子供ではないですか!」 ロランは、納得がいかないとばかり、声を荒げた。 「子供?トウカは、ちゃんと読み書きもできる。神ともあろう者が、みかけに惑わされてはいかんな」 じいちゃんは、顎髭をなでると、ロランをいさめるように見た。 「……水はまだか」 口惜しそうに、ロランはうつむいている。 「私は疲れている。休みたいのだ」 「そうだな。そうだ。トウカ、水を張ってやれ」
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