19人が本棚に入れています
本棚に追加
手綱を握るトウカの手に力が入った。
「何も、持ってない!」
「トウカ?」
ロランは、首をかしげた。
産まれたばかりの彼には、人というものが、世の中というものが、まだ飲み込めていない。
どうして、トウカが男たちに叫んでいるのか、理解できなかった。
「賊よ!」
のんきに構えているロランにトウカは声を荒げる。
「ご名答!そうさ、俺らは盗人だ」
栗色の髪の男が、ニヤニヤ笑ってくれた。トウカの足は、がくがく震えている。
「さて、何も持っていないって?じゃあ、そのご立派な成りをした、けったいな兄さんは、どう説明する?」
トウカに言葉はなかった。
高価な絹の衣をまとった、銀の髪を持つ男――、これを、どう説明すれば良いのだろうか。
ロランの身分を言ってしまえば、それこそ賊の思う壺。
大収穫と、身ぐるみ剥されるどころか命も、危ぶない。
ところが――。
「私は、堂神だ」
口ごもるトウカに代わりロランが淡々と答てくれた。
「ほぉ!!驚いた。お嬢ちゃん。悪いことは言わねぇ。その手綱をよこすんだ」
栗色の髪の男は、そらぞらしく声をあげ、仲間に目配せした。
たちまちに、馬の鼻息がかかりそうなほど、賊たちはトウカに詰め寄ってきた。
「だめ……ロランは、帝にお仕えしかきゃいけないの。じゃないと国に災いが起こるんだから!」
トウカは、ありったけの声で叫んでいた。
トウカの父さんと母さんが死んだのも、一緒に遊んでたルウが死んだのも……。
病が村々を襲ったから。
大人達は言っていた。
都にいる堂神様が、国をちゃんとみていなかったから、帝に助言しなかったから、だから、病が民をくるしめるんだと。
……きっと、どこかで新しい神様がお育ちになっている。
新しい堂神様なら、この乱れを、世の歪みを諌めてくださるだろう……と。
そう、堂神様が、しっかりしてくださっていたら。
父さんも母さんも、ルウだって……生きていた。
「仕方ねえなぁ」
何かに取り付かれたように、かたくなになるトウカを見て、栗色の髪の男の顔つきが変わった。
「ロラン!逃げて!!」
とっさに、トウカは馬の胴を拳で殴り付ける。
それしか思い浮かばなかった。
馬は嘶き、賊をなぎ倒すかのように駆け抜けた。
「行くの!!馬は、村を知っているから!!」
突然のことに賊も唖然として固まった。
その隙に、馬はロランを乗せたまま、姿を消した。
最初のコメントを投稿しよう!