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電車が動き出す。
ふと進行方向に目を向けると、車体前方のライトに照らされて人影が闇に浮かび上がり、僕は咄嗟に声を上げた。
あの駅員だ。
隣には僕と同年代くらいの女の子もいる。
まだ距離があるため顔までははっきりわからないが、帽子を胸に抱き、反対の手にはいつも不気味な程に鳴らしまくっていた切符挟みを持っていた。
隣に立つ女の子は、紙の束らしきものを大事そうに抱えている。
二人はまっすぐに僕の方を見つめていた。
途端に夜の闇から、夕暮れの景色に変わる。それと同時に、さっきまでの息苦しさやだるさが嘘のように引いた。
青い空が茜色に変わる途中の、絵具を水で溶いたようなグラデーションの夕空。
金に縁どられたどっしりとした入道雲に、山々が赤く染まる。電車のなかだというのに、ヒグラシの哀歌までもが聞こえてくる。
電車がスピードを上げ、ホームの端に立つ二人に近付いていく。
駅員は、青白かった顔色でも、白く濁っていた瞳でもない。
端正な顔立ちの、真面目そうな青年だった。
艶のある長い黒髪の女の子は、垂れ目であどけなさを残した可愛らしい子だ。
ふっくらとした頬と白い肌。持っている紙の束は、破いたノートのようだった。
動き出した電車に乗る僕を見送りに来てくれたとでもいうのか。
少し寂しそうにも見える表情を浮かべた女の子は、唇をきゅっと噛みしめ、駅員は敬礼のポーズをとった。
ザザッと砂嵐が聞こえる。
慌てて目を閉じる間際に見えたのは、美しい風景と見送りに来てくれた二人もろとも、灰色の濁流が飲み込む光景だった。
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