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☆ 「栗ちゃん、ちょっといい?」 「はいっ、何でしょう?」 縁側で威勢良く応えた私に、 居間のお隣さんが目を瞬かせる。 いや、瞬いたのは私も同じだ。 急に呼ばれたものだから、 今日終えた文化祭の名残が出てしまった。 「……何ですか? 横宮さん」 二人きりをいいことに、返事をそっとやり直す。 「…うん。去年訪ねた時計屋さん、覚えてる?  その人からご招待の手紙が来てね、 一緒にどうかなって」 横宮さんも素知らぬ調子で続ける。 とても紳士な対応だから、縁側へ来ても私の顔を見てくれないことについては不問にしよう。 「行きたいです!  …でもいいんですか? わざわざ招待状だなんて」 ほぼ一年前、転居から初めて再会したという昔なじみのお爺さんに、この人は住所と連絡先を残してきた。 その住所のほうが使われたとなると、 電話より重い用件を勘ぐってしまう。 それに前回も、 私は興味本位でついていっただけだったし。 「いや。手紙なのは多分、 これを付けるためだろうから」 やっと私に眼を向けて、 お隣さんはひょいと洋封筒を取り出した。 差出人には、 『時計屋』の店名と住所が流麗に印字されている。 あれ、と中身を出してみると、 真っ先に読めたのは新商品の三文字だった。 バッグチャーム型の洒落た時計が数種類、 写真付きで紹介されている。 ちょっと上等な広告と呼べるそれには、 万年筆らしい筆跡で「お隣のお嬢さんによろしく」と書き添えられていた。
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