前章

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あの日、お隣さんが受け取った写真も、 それに写った家族のことも。 気がつけば、 知らないままのことはたくさんあった。 お隣ですごす時間は平穏で、 答えのかけらを拾うこともなかった。 「……そうだ。中庭」 淡い湯気を散らして呟く。 窓硝子に隔てられたあの場所にも、 次は入れるだろうか。 「明日、楽しみにしているそうだよ。 ……縁側はもう寒くない? 中においで」 電話を終えた横宮さんが、 居間の中から呼びかける。 変わらない優しさを持つ声に、 私は銀時計から視線をはずして、 夕暮れの縁側を後にした。 ☆ あの日行けなかった中庭に入れるだろうか、と。 確かにまあ、昨日はそう考えた。 「いやあ、久しぶりだねお嬢さん。 誘いを受けてくれて嬉しいよ」 再会の挨拶は、両手を広げたお爺さんから。 上着もいらない小春日和に恵まれて、 時計屋さんは小粋なグレンチェックのベスト姿だ。 友人を迎えるような口調は、 ほぼ一年の空白などなかったよう。 ──いや、今はそれより。 「お久しぶりです……あの、ここ、 普通に入れるんですね…」 乾いた芝生を踏みしめて、 私はまずそこを確かめてしまう。 ちらりと見れば、 横合いの建物に覚えのある窓硝子。 向こう側からこの庭を見つめる過去の自分を、 幻で見てしまいそうだ。
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